このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「ほかの方法が見つからなかったときは、相談しろ。これは個人的な感情だから強制はできないが……俺は君にプロジェクトを抜けてほしくない。きっといい仕事ができるだろうとワクワクしていたから」

 心が震える。櫂はきっと無自覚だろうけど、それはどんな言葉より力強く咲穂を励ましてくれた。

(この人のもとで……仕事がしたい)

「あ、ありがとうございます。大丈夫です、絶対になんとかしますから」

(そうだよ、政略結婚じゃなくても……実家を助ける方法はほかにも絶対あるはず)

「ぜひ、そうしてくれ」

 エレベーターの扉が静かに開き、ふたりは歩き出す。

「そこの角、少し段差になっているから――」

 彼がそう注意をしてくれたが一歩遅かった。咲穂は小さな段差に足先をガッとぶつけ、バランスを崩す。

「きゃっ」

 倒れそうになった咲穂の身体を櫂が自身の胸で受け止めてくれる。

「ご、ごめんさい!」

 咲穂が小さく叫んだのと、カシャカシャという妙な音が響いたのがほぼ同時だった。咲穂はすぐに彼から離れ、周囲をキョロキョロと見回す。すると、一台の白い車が逃げるように走り去っていった。

「あの、今……カメラのシャッター音みたいなの、聞こえませんでしたか?」

 櫂は大きな手を自身の額に当て、深いため息をついた。

「……悪い。多分、どこかの記者に撮られた」

(まさか、こんな事態になるなんて……)

 もはや芸能人並みの注目を集めている彼を狙った週刊誌の記者に、ツーショットを撮られてしまったという状況のようだ。おまけに〝熱愛報道〟という形でそれが世に出るかもしれないことも櫂から説明される。
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