このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 目の前の彼との結婚、どうがんばっても現実として想像できないのだ。そんな咲穂を置いてきぼりにして、彼は続ける。

「次に俺のメリット。この記事だが、白状すればちょっと頭の痛い問題だ。リベタスは俺が陣頭指揮をとることもウリのひとつにするつもりだったから、今は〝美津谷櫂〟のブランドイメージを落としたくない」

 その主張自体は納得できるものだ。広告業界には芸能人の好感度や潜在視聴率を数値化したタレントパワーなる指標が存在するのだが、美津谷櫂のそれは今、間違いなくトップクラス。人気女優や超一流アスリートと同等のブランド力がある。

 櫂は自身の価値を客観的に把握している、ビジネスにシビアな彼らしい一面だ。

「このタイミングでの記事の差し止めは不可能。そこでだ、俺はこの記事にある一般人のA子さんと結婚する」

 確認するまでもなく、A子さんとは咲穂のこと。

「もてあそんでいたわけではなく本命の恋人、そしてきちんと結婚をする。記事のマイナスイメージを一瞬で払拭できるし、堅実な職場内結婚の好感度はかなり高いはず」

 言いたいことはよくわかる。美津谷櫂は仕事にストイックでクリーンなところが、老若男女に好かれているのだ。その彼が誠実な恋愛、結婚をしたとなればますますの好感度アップは間違いなしだろう。

(それはわかる。わかるけど!)

「……世界的セレブなのに、意外と細かい計算もするんですね」

 思わず口をついて出た咲穂のツッコミを彼は鷹揚に受け流す。

「当然だ。細かい計算をミスする人間に大きな成果はあげられないからな」

 咲穂はどうにか心を落ち着けて、頭を整理する。
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