このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「……君の演技の下手さは致命的だな。もう少し、なんとかならないのか?」

 深いため息とともに、彼はそうこぼした。

「そんなこと言われましても、私はただの会社員で俳優さんじゃないですし」

 婚約者の距離から上司と部下の距離に戻して、咲穂は彼のあとをついて歩く。

「それはそうだが、俺のフォローにも限界があるぞ」
「CEOは見事な演技力でしたね。さっきの名前の呼び間違えも、わざとですよね?」

 彼はさっき、『出水さん』と呼ぶべきところで、ついうっかり『咲穂』と口にしかけた。完璧主義の彼がそんなミスをするとは思えないので、きっとあえての演出だろう。

「当たり前だろう。どんな仕事もディティールが大事。あれで、みんなは俺たちの日常のワンシーンを想像したはずだ。嘘をつくからには徹底して。君も忘れるな」

 美津谷櫂は完璧主義でとんでもなく有能。そして、大雑把な性格の咲穂にはやや……面倒くさい。

「とくに、さっきのあいさつはひどすぎる。あれじゃ、嘘を見破ってくれと言っているようなものだ」
「――善処します」

 これ以上お小言をもらわないようしおらしく答えたつもりなのに、鋭い目をした彼が咲穂に人さし指を突きつけてくる。

「求めているのは、努力ではなく結果だ。俺たちの〝これ〟はビジネスなんだから」
「それはもう、よーく理解しております」

 咲穂はコクコクとうなずいた。

(そうじゃなかったら……この人と結婚なんて、あるはずもないもの)

 ふいに、少し先を歩いていた櫂が足を止める。行く手を阻まれた咲穂はつんのめって、彼の背に顔をうずめた。

「きゅ、急にどうしたんですか?」
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