このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
(なにがなんでも成功させたい。絶対、CEOからGOサインをもらう!)

 そんな意気込みで迎えた、今日この日だったのだが……。

 議題は、リベタスの発売直前に短期集中で流すオープニングCMの企画について。
 咲穂たち広報チームが残業を重ねて仕上げたプレゼン資料を、櫂はバサッと裏向きに伏せた。その仕草は、彼の失望を如実に表している。

(厳しい人だと聞いてはいたけれど……ここまでとは……)

 MTYジャパンの現CEOである櫂は、嫌みなほどに、すべてを兼ね備えた完璧な男だ。神々しさすら感じる美しい顔、百八十センチを余裕でこえていそうな長身に、しっかりとした肩幅と長い手足。
 パリッとした白いシャツに仕立てのよいダークグレーのスーツを着こなし、ネクタイ、時計、身に着けているすべての品が桁の違う高級品であると見て取れる。だが、決してこれみよがしではなく上品だ。にじみ出る育ちのよさと、本人の美意識の高さがあってこそだろう。この美貌に加えて、経歴もとんでもないのだ。

 MTYニューヨーク。高級化粧品『マリエルジュ』を筆頭に、メイクアップ、スキンケア、ヘアケアの分野で三十以上のブランドを有し、世界百五十か国で事業展開しているグローバル企業。各国に現地法人を持ち、売上規模も会社の時価総額も、日本国内の企業とは桁が違うレベルだ。

 この大企業を創業したのは、なんとひとりの日本人なのだ。美津谷稲造(いなぞう)氏は大戦後に米国に渡り、ニューヨークの地でビジネスを始める。彼の天賦の商才はあっという間に先行していた同業者を追い抜き、化粧品業界ナンバーワンの地位を確立した。
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