このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 自分たちの結婚は普通じゃない。それは十分に理解しているので、咲穂はあっさりとうなずく。

「理解ある新妻で助かるよ。口頭で伝えてあった内容を書面にしただけだが、一応説明しよう」

 彼の涼やかな声は耳に心地よい。要点だけを簡潔に話し終えた彼が咲穂に向き直る。

「以上だ。なにか質問は?」
「そうですね……離婚の時期は決めておかなくていいんですか?」

 彼は少し考えるそぶりをしてから口を開く。

「現時点ではなんともいえないところだからな。我々のプロジェクトの成功、そして君の実家の商売が立ち直る。このふたつの達成が条件になる」

 リベタスの発売は約三か月後、来年二月を予定している。初動だけでは成否の正確な判断はできないし、実家の酒屋の業績もすぐに上向くのは難しいだろう。となると…。

「半年から一年くらいは、夫婦でいる必要がありそうですね」
「あぁ。あまりにスピード離婚だと、それもイメージダウンに繋がるし。離婚については、またあらためて相談しよう」
「承知しました。それから、この最後の条項は……本気なんですか?」

 思いきり眉根を寄せて咲穂が尋ねると、彼はにっこりと笑む。

「もちろん。この契約書でもっとも重要な項目といっても過言じゃない」

 最後の条項にはこうあるのだ。

【出水咲穂は美津谷櫂の妻として、リベタスのプロモーションに全面的に協力すること】

 この具体的内容については、すでに櫂から説明を受けていた。

「広告クリエイターとしては、もちろん百パーセントで尽力します。でも、その……私がモデルというのは……」
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