このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 血縁がないというだけで、ここまで非道になれるものだろうか。

「あ、あの!」

 頭に血がのぼり、思わず声をあげかけた咲穂をかばうようにして櫂が前に出る。
 彼の冷ややかな眼差しに、梨花はちょっとひるんだ様子だ。塔子のほうは一歩も引かず、クッとかすかに顎をあげた。意地でも櫂には頭をさげたくないのだろう。

 そんなふたりに櫂はにっこりとほほ笑む。

「二度目が開催されないのは、こちらとしても非常にありがたい」

 櫂は咲穂の肩を優しく抱き寄せて続ける。

「愛する妻の美しい瞳に、こうも醜いものは二度と映したくありませんから」

 ピキッとこめかみに青筋を立てた塔子を無視して、櫂は速やかに踵を返す。咲穂の視界の端っこで、潤が退屈した子どもみたいに「ふあ~」と大きなあくびをしていた。

 表参道のマンションに戻ってくるなり、ふたりは揃って「はぁ」とソファに座り込んだ。しばらく動けそうにない。徹夜で仕事、そのくらいの疲労感を感じていた。

 数分の沈黙のあとで、櫂はようやく声を出した。

「悪かった。継母と義妹に代わって、無礼な発言を謝るよ」
「あ、いえ。強烈ではありましたが、もともと歓迎されるとも思っていませんでしたし」

 この結婚を櫂が強引に押しきったのは感じ取っていた。その時点で彼の親族と良好な関係を築くのは難しいだろうと察していた。

(そもそも、築く必要もないわけだし……ね)
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