このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 そんな葛藤をすべて受け止めてしまうみたいに、彼の大きな手が咲穂の頭を撫でる。

「それに、最近は君がいるから。賑やかで……孤独を感じる暇もないし」
「それはうるさいと言いたいのでしょうか?」
「いや、楽しいという意味だ」

 柔らかに、彼はほほ笑む。

(な、なんでドキッとするのよ)

 これまでに感じたことのない胸のざわめきに咲穂は戸惑う。トクン、トクンと鼓動がやけに甘く響いた。

「明日はなにか予定があるか?」

 櫂のその声もいつもより優しく聞こえる。

「えっと。土曜日ですし、とくになにも」
「じゃあデートをしよう。今日のおわびに、うまいものでもごちそうさせてほしい」

(デート……)

 抑えようとすればするほど、鼓動はますますそのスピードを増していく。

 翌日の昼過ぎ。咲穂はドレッサーの鏡に映る自分の姿に目を丸くする。

「わぁ。私の髪じゃないみたい!」

 ヘアアイロンで綺麗な内巻きにカールされた髪は、咲穂をいつもよりぐんと女性らしく見せていた。

「直毛すぎるから、アレンジは難しいと思っていたのに……」

 片手にヘアアイロンを持ち、咲穂の真後ろに立った櫂が呆れた声で突っ込む。

「髪質ではなく、君の腕の問題だろうな。ここまで不器用な人間にはお目にかかったことがないぞ」

 久しぶりに彼の毒舌が炸裂している。

「櫂さんはどうしてこんなに上手なんですか? 七森さんに習ったとか?」

 悠哉はメイクアップが専門だが、ときにはヘアアレンジも手掛けることがあると言っていた。

「いや。俺も初めて触ったが、原理は至ってシンプルだし。もともと手先は器用だしな」
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