このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 言いながら、彼は美容師並みの腕前で前髪もくるんとかわいくしてくれる。

 朝、櫂から『それなりの店に行くから、多少はドレスアップしてくれよ』と忠告されたものだから、購入後に一度きりで挫折したヘアアイロンを引っぱり出してきた。

 けれど、やっぱり咲穂には難しくて、危うく頬をやけどしそうになった。通りかかった櫂が見かねて、手を貸してくれたのだ。

(プレゼンのときも思ったけど、櫂さんって意外と面倒見がいいのよね)

 冷徹そうに見えるけれど、実は困っている人間を放っておけない人だということに咲穂はもう気づいていた。

「このドレスならピアスはパールがいい。バッグはこっちだな」

 櫂は魔法をかけるみたいに、咲穂を美しく飾っていく。

「ほら、最後はリップだ」

 櫂が見立てて、プレゼントしてくれたシアーレッドの口紅。
 今日もまた……キスする距離に彼の顔が近づく。

「うん。我ながら完璧なセレクトだった。この色が一番、咲穂を輝かせる」

 咲穂の薄い唇が、ふっくらと華やかに仕上がった。

 モダンな印象のブラックドレスにジュエリーはパール。差し色はショルダーバッグのビビットなピンク色。今日の自分は我ながらオシャレだと思えた。

「ありがとうございます。櫂さん、魔法使いみたいでした!」

 無邪気に笑いかける咲穂に、櫂は少し得意げにうなずいてみせた。

「どういたしまして」
「私、メイクやファッションは苦手でずっと避けてきたんですけど……でも今日はすごく楽しかったので、もっと勉強してみようとやる気が湧きました」
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