このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 素敵なドレスに身を包み、綺麗なメイクをほどこすと、それだけで自然と背筋が伸びる。とても気分がよかった。

(なにより、リベタスプロジェクトの一員になったんだからメイクは苦手……とは言ってられないものね!)

「どうして苦手だったのか、聞いてもいいか?」

 ややためらいがちに、櫂が尋ねてきた。咲穂は苦笑いで答える。

「くだらない話なんですけど、うちの父……櫂さんも会ったからわかると思うんですけど、とにかく古くさい人で!」

 女なんだから淑やかに。男みたいな格好をするな。そんなことばかり言われてきた。

「私はこんな性格だから、つい反抗心で……女性らしいものを避けるようになっちゃったんですよね」

 恋愛経験が少ないのも、これが原因のひとつかもしれない。男性の前だと余計に〝女らしく〟見えないように振る舞ってしまうのだ。

(いい彼女、理想の奥さん。そんなふうに思われたら、あの街から出られない。夢から遠ざかってしまう。……そんな気がしてたのよね)

「なるほど。自分らしさを勝ち取るために、君はずっと闘い続けてきたのか」
「そんなかっこいいものじゃないです。今思えば、ただかたくなだっただけで……。小さい頃はかわいいもの、大好きだったんですよね。ギンガムチェックのお洋服、ベロアのリボン、母が授業参観のときだけにつけるダイヤの指輪も憧れでした」

 櫂の瞳が優しい弧を描く。

「ギンガムチェックにベロアのリボンか。覚えておくよ」

 どういう意味なのかよくわからないけれど、彼の台詞は咲穂の胸をときめかせた。

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