このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 咲穂はスッと片手をあげる。今回の企画は広報チーム内でのコンペを経ている。そこで咲穂の出した案が採用されたのだ。

「出水咲穂、美津谷エージェンシーから引き抜いた人材だな。優秀な人間が入ったと聞いて楽しみにしていたんだが……正直、期待外れだった」

 ――期待外れ。

 あまりに冷たい発言に咲穂はグッと下唇を噛む。

「俺はカレーライスを頼んだのに、君はビーフシチュ―を提供した。君の作ったシチューがどれだけおいしかったとしても、頼んでいない品物なのだから零点だ」

 櫂は立ちあがる。そして、ここから先は咲穂にではなく全員に向かって話をする。

「リベタスのコンセプトは、その名が示すとおり〝自由であること〟だ」

 ブランド名はローマ神話における自由の女神、リベルタスにあやかって名づけられた。

「年齢も性別も問わず誰にとっても上質な化粧品、それがリベタスだ。つまり、化粧品は女性のものという固定概念は捨てなければならない」

 彼はひとりひとりの顔を見て……最後に咲穂のところで視線を止めた。鋭い眼差に射貫かれる。

「もう一度よく考えろ。ターゲットをどう想像した? 二十代、三十代の女性たち、それ以外の人間の顔をちゃんと浮かべたと言えるか?」

 怒りにも似た櫂の熱意。誰も反論できなかった。それは咲穂も同じだ。

「二週間後にもう一度、仕切り直そう。今日はここまでだ」

 櫂は小さなため息とともに、この場を散会させた。

「ごめんね、出水さん。今回のことは私のミスでもあるわ。美津谷CEOの考えるジェンダーレスを私も正しく理解できていなかった」

 咲穂の肩をポンと叩いて、理沙子が励ましてくれる。
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