このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 咲穂は慌てて、ツンとすました表情を作ってみる。

「や、やっぱりお魚には白が合いますよね。こう、南仏の空気が鼻を抜けるといいますか……」

 本当は白ワインの味の違いなんてさっぱりわからないのだけど、グルメ漫画で知った程度の知識を一生懸命それらしく喋ってみた。が、櫂には思いきり不審そうな顔をされてしまう。

「急に饒舌になってどうした? 最近やっていたドラマの登場人物のマネか?」

 咲穂の情報源になったグルメ漫画、そういえば最近ドラマ化されて人気俳優が主役を演じていたのだった。

(うぅ、余計に恥をかく結果になった)

 付け焼刃はやはり通用しないようだ。

「……櫂さんもドラマとか見るんですね」
「原作の漫画、子どもの頃好きだったからな。別に俺だって、二十四時間ずっと株式チャートを見ているわけじゃない」

(子どもの頃は漫画も読んでいたんだ)

 櫂の意外な一面を知るのは、なんだか特別で秘密めいた行為に思えた。彼はふっと優しくほほ笑む。

「別に無理してグルメ通ぶる必要はないよ。ここのシェフは客の『おいしい』という言葉が一番嬉しいと言っていたし」
「そうなんですね。でも、櫂さんは……私と食事をするのが恥ずかしくないですか?」

 こういうラグジュアリーな空間にふたりでいると、いつも以上に住む世界の違いを実感してしまう。

(とういより、これまでは櫂さんがさりげなく私に合わせてくれていたんだろうな)

 家にいるとき、咲穂が居心地の悪さをまったく感じないのは彼の気遣いのおかげなのだろう。

 櫂はゆっくりと首を横に振った。

「そんな気持ちはまったくないから、君はそのままでいい」
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