このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 たしかに、今さら返品もほかの誰かにプレゼントするわけにもいかないだろうが……。

「理由はどうあれ、俺たちは結婚したんだから。婚約指輪を贈るのはおかしなことではないだろう」

 櫂はやや強引に話をまとめてしまった。

「では、ありがとうございます」

 咲穂はそう答えたが、内心では預かっておくというつもりだった。

(お別れする日がきたら、ちゃんと返そう)

「あぁ」

 櫂がとても嬉しそうに笑う。胸がざわめいてしまい、その笑顔を直視できなくて、咲穂はまた窓の外に視線を向ける。

「夜景、すごく綺麗ですね」
「こんな時間まで働く人間がいかに多いか……の証明でもあるな」

 ロマンティックな空気をぶち壊すひと言を彼が吐く。

「そんな身も蓋もない……幸せな家庭の明かりだってあるはずですよ」

 咲穂が口をとがらせると、彼は「ははっ」と声をあげる。そんな櫂の笑顔を見つめて、咲穂はぽつりと尋ねた。

「バラの花束と指輪……いつの間に準備してくださったんですか?」

(今日のデートは昨日決まったことだけど、そこから思いついたわけじゃないよね?)

 花束はともかく、指輪は昨日の今日ではさすがに手配が間に合わないだろう。

「そうだな、結構前から。実はずっと、君をデートに誘う口実を探していたんだ」
「前から?」

 櫂は小さくうなずく。

「君の実家にあいさつに行ったとき、お義母さんと少し話す時間があったんだけど……子どもの頃、咲穂は両親のプロポーズの話を聞くのが好きだったんだって?」
「えぇ? いつの間に母とそんな話をしていたんですか?」
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