このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 自分の知らないところでそんな会話がなされていたとは……。でも、母の語った話はたしかに真実だ。

「母が特別な日だけにつけるダイヤの指輪、すごくキラキラしていて憧れだったんです。どこで買ったの?と聞いたら、お父さんからの贈りものだって教えてくれて」
「深紅のバラの花束と給料3か月ぶんのダイヤの指輪でプロポーズ、だったと聞いたよ」

 咲穂はクスリとして続ける。

「いつも怒ってばかりの父がそんな王子さまみたいなことをしたなんて信じられなくて、すごく驚きました。でも、この話をするときの母は本当に幸せそうで……いつか私にもそんな日が来るのかなって想像したりして」

 母とその会話をした当時を思い出して、咲穂は懐かしく目を細めた。

「そんな素敵な話を聞いたからには、実行しないわけにはいかないと思ってね」

 クスクスと笑って櫂は言った。

(そうなんだ、私の夢を叶えてくれようとして……)

 どうしようもなく、胸がキュンと締めつけられた。櫂はどこか切なげに瞳を揺らす。

「君にとっての本物の王子さまじゃなくて申し訳ないが」

 咲穂はブンブンと首を横に振った。胸がいっぱいで、うまく言葉を紡げない。

「……ありがとうございます、嬉しいです」

 この感動はもっと大きいはずなのに、そんな平凡な台詞しか出てこない自分がもどかしかった。

「それに、俺は年俸制だから給料三か月ぶん……ちゃんとあるかどうか不透明だしな」

 彼はそんな冗談を言って咲穂を和ませる。

「櫂さんの三か月ぶんなら……お店ごと買い占められそうですね!」
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