このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
三章 それは契約違反です!?

三章 それは契約違反です?


 朝。ドレッサーの前に座った咲穂は、伸びすぎてうっとうしい前髪をサイドに流してピンで留めた。

(そういえば美容院、三か月くらい行ってないかも。このところ仕事に追われてたし)

 季節は十二月。師走の名のとおり、咲穂も目まぐるしい日々を送っていた。

 櫂と咲穂が出演したオープニングCMはすでに完成していて、年明けの放映開始を待つばかり。現在の咲穂は、その後に続くメインCMの準備で大忙しだ。

 ヘルシーなベージュのチークを頬に丸くのせて、最後はリップメイク。一番のお気に入りのシアーレッドの口紅に手を伸ばしかけて、咲穂はピタッと手を止めた。

「今日はカーキ色のシャツだから、オレンジ系のリップが合うかな?」

 誰も聞いていないのに言い訳がましいひとり言を口にする。ふわっとマットなオレンジ色を唇に引きながら、鏡に映る自分に言い聞かせる。

(仕事なんだから。契約条項は守らないとダメでしょう? 櫂さんを好きになったりはしないこと!)

 櫂にプレゼントしてもらった赤いリップはしばらく封印しようと決めた。

(だって、塗るたびに櫂さんを思い出すんだもの)

 こんなふうに意識している時点で、すでに契約違反なのでは? 頭に浮かんだそんな疑問を無理やり押しのけて、咲穂は立ちあがる。

「さぁ、今日も忙しくなるぞ~」

 午後三時。咲穂は品川にあるとある撮影スタジオを訪ねた。

「咲穂ちゃん! わざわざ来てもらっちゃって、ごめんね」

 スタジオの片隅でカメラのチェックをしていた悠哉が片手をあげて立ちあがる。

「いえいえ。多忙な七森さんに打ち合わせ時間を取ってもらうんですから、当然です」
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