このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 悠哉は咲穂が持参した企画書を持ちあげ、眺めながら言う。

「君は零から一を生み出す才能に恵まれたんだね。一を十にしたり百にしたりは、経験でどうにかなる部分も多いけど……一を生み出すことにかぎっては天性のものだ」

 悠哉はきっとリップサービスが得意なのだろう。わかっていても、一流の人間にこんな言葉をかけてもらえるのは素直に嬉しかった。

「七森さんに、今の言葉を撤回されないように……これからも精進します」
「うん。この才能、大事に育ててね」

 悠哉の笑顔は優しくて、綺麗だ。

「七森さんと櫂さん……幼なじみなんですよね?」
「そうだよ。櫂はくされ縁だって冷たいけどね~」

 その仲良しの悠哉にも、櫂は自分たちがビジネス婚であることは秘密にしていた。

『まぁ、悠哉にだけは話してもいいんだが……秘密は共有する人数が増えるほどに漏れやすくなるから、当面は内緒にしておこう』

 櫂はそんなふうに言っていた。なので、彼と櫂の話をするとき咲穂は少し緊張する。

(でも、仕事以外の共通の話題は櫂さんくらいだし)

 悠哉の話によると、ふたりは都内の有名私立小学校で同級生だったらしい。

「保守的な男子校だったから、僕は完全に浮いてたんだよね~。当時からすでに化粧品オタクで、いつも女の子向けの雑誌を読んでたからさ。『オカマ』っていじめられて」

 子どもは無邪気で、そのぶんだけ残酷だ。少し個性的なだけで排除されてしまうことは咲穂の学校でもあったことだ。

「でも櫂だけは僕を馬鹿にしなかった。『好きなものと夢があるのはかっこいい。アホは放っておけ』って言ってくれたんだよね」
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