このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 彼らしいなと、咲穂は口元をほころばせる。

「櫂さん、ああ見えて面倒見がいいタイプですよね」
「そうそう。クールぶってるけど徹しきれないの」

 悠哉は懐かしそうに目を細める。

「今の僕があるのは櫂のおかげなんだ。彼に出会ってなかったら、僕はとっくに夢を諦めてたと思う。勉強は苦手じゃなかったら、なんとなく〝男らしい〟理系の道に進んだりしてさ、〝普通の〟会社員になっていたかもな~」

 当時を思い出したのか、悠哉は苦々しい笑みを浮かべた。

「まぁ、『普通の会社員』って意味のわからない言葉だと今でも思ってるけど」
「それ、私も思います! よく聞く言い回しだけれど、すごく失礼な話ですよね。どんな会社も、どんな仕事も、その道のスペシャリストなのに」

 悠哉はパチパチと目を瞬いて、それから「ははっ」と白い歯のこぼれる笑顔を見せた。

 だけど次の瞬間、悠哉はふいに真顔になる。

「櫂はどうして咲穂ちゃんと結婚したんだろう?」
「え?」
「結婚しない主義なのかなと思ってたから、かなり驚いたんだよね」

 日本人としては色素の薄い、ヘーゼルカラーの瞳がとても無邪気に咲穂を見つめていた。すべて見透かされてしまいそうで咲穂はギクリとする。

(ど、どうしよう。バレたら絶対に櫂さんに怒られる)

 咲穂の内心の焦りを見抜いたのか、そうではないのか……悠哉は鼻歌でも歌うような軽やかな声で続けた。

「でも、なんかわかったかも」
「え?」
「咲穂ちゃんと櫂、よく似てるから。気が合うんだろうね。……櫂のこと、よろしく」
「――はい」
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