このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
(いないと寂しいなんて……気のせいよ、きっと)

「どうした? そんな肩を落として」

 ふいにかけられた声に咲穂は「きゃあ」と声をあげてしまった。振り返ると、そこに彼がいた。

「櫂さん! いつの間に帰っていたんですか?」
「たった今」

 どうやら数分差だったようだ。

(今日は早かったんだ)

「おかえりなさい」

 無意識に頬を緩ませながら咲穂は言った。

「あぁ、ただいま。ところで、財布でも落としたのか? それとも腹が減りすぎた?」

 櫂がため息の理由を勝手に推測する。咲穂は少し拗ねたように口をへの字にした。

「櫂さん、私のこと小学生だと思ってます?」

 ニヤリと口角をあげて彼が答える。

「そこまでではないかな」
「もう!」

 とはいえ、彼が心配してくれていることは伝わった。咲穂は撮り繕うように言葉を紡いだ。

「今日は外出が多かったので、ちょっと疲れてしまっただけで――」

 台詞を最後まで言い切ることができずに、咲穂は固まる。なぜなら……。

 急に距離を詰めてきた櫂がコツンと額を合わせてきたからだ。

「少し熱いな。風邪を引いたんじゃないか?」

(あ、熱いのは……櫂さんの行動のせいだと思う)

 だけど、反論は言葉にならなくて咲穂は口をハクハクさせるばかりだ。

「飯は? もう食べた?」
「あ、いえ……今からなにか作ろうかと」
「じゃあ、俺が用意する。ゆっくりして待っていろ」

 有無を言わさずソファに座らされてしまった。櫂は悔しいくらいになんでも器用にこなせる人で料理も手際がいい。あっという間に、胃に優しそうな家庭料理が数品並ぶ。
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