このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 ふたりはダイニングテーブルに向かい合わせに座って、「いただきます」と手を合わせた。

「本当に体調不良じゃないんだな?」
「はい、元気ですよ」

 彼に理解してもらうため、咲穂は元気よく料理を口に運んだ。その様子を見た彼はホッとしたように息を吐く。

(心配性なの、櫂さんらしいな)

 すべてがパーフェクトなCEO、遠い星に住む人。最初はそう思っていた彼がどんどん身近な存在になっていっている。その事実が嬉しくて……少し怖かった。

(ビジネスとして一緒に暮らしているだけなのに、心まで近づいていると錯覚してしまいそうなんだもの)

「そういえば今日は七森さんとの打ち合わせでした。やっぱり、彼のメイクは素晴らしいですね! こう、グッとイメージが具体的になった気がします」
「そうか。仕事が順調なのはリベタスの総責任者としては喜ばしいが……」

 そこまで言って、彼は不快そうに顔をしかめた。

「夫としては、ほかの男をこうも全力で褒められると……複雑だ」

 櫂が向ける熱い眼差しに、ほのかな独占欲がにじんでいるように見えて、咲穂は焦ってしまう。

(ヤ、ヤキモチ……のわけないよね?)

「櫂さん。ここは自宅ですし、その……ラブラブ夫婦の演技をする必要はないのでは?」

 今の会話は、?妻を溺愛する夫〟を外向けにアピールする用としか思えなかった。櫂はやや驚いたように何度か目を瞬き、ふっと口元をほころばせた。

「そうだな。君の言うとおり、ここで演技は必要ないな」

 どこか含みを持たせる口調で彼は言った。

「それに、私はメイクアップアーティストとしての彼を褒めただけですよ」
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