このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 悠哉が誰もが認めるイケメンだし感じのいい人だけれど、やましい気持ちはみじんもないと誓える。

「そもそも、七森さんの話題を出したのには理由があるんですよ」

 別に彼を褒めるのが主題ではない。悠哉が自分たちの関係を少し疑っているふうだったのが気がかりだったから。咲穂は櫂にそれを伝える。

「あぁ、悠哉は俺をよく知っているからな。疑わしいと思っても不思議はない」
「ふたりの絆のことも少し聞きました」
「うん、俺とあいつは同志なんだ。俺もいまだに『男に化粧品のことがわかるのか?』と言われることが多いから」

 くだらない偏見と闘う仲間。

(誰もが、もっと自由に好きなものを好きでいられる世界に――)

 櫂がリベタスに込めた思いが垣間見えた気がした。

「まぁ、悠哉だけになら別にバレてもいい。ただし、ほかの人間には気をつけてくれよ」

 そこで急に櫂は厳しい顔になる。

「咲穂の演技はやっぱりまだまだなんだよなぁ。君の『櫂さん』には愛情が感じられないし……ちょっと練習してみようか」

(あ、愛情を込めた呼び方って……なに?)

 彼の要求はハードルが高すぎる。

「か、いさん。櫂さん……」

 ただ名前を呼んで、櫂は黙って聞いているだけなのに……すべてをさらけ出す親密な行為のように思えて、咲穂は目まいを覚える。

「もう一度」

 その声もまるで耳元でささやかれているように感じられた。

「櫂さん」

 櫂の柔らかな笑みが咲穂の視界を占領して、ほかにはなにも目に入らない。

「白状しよう。練習はただの口実だ」

 彼はいたずらがバレた子どものように、ククッと破顔する。
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