このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「だけど! この結婚で美津谷櫂の評判はますますあがっているらしいじゃないの。なにが純愛よ、くだらない。どうせ新ブランド発表前の話題作りでしょう? 優しい潤とは違って、あの男は自分の利益にならないことはしないはずよ」

(あなたにだけは言われたくないですけどね……)

 櫂は失笑するが、その瞳は鋭く細められた。

 塔子は我が子である潤だけを溺愛する俗物的な人間だが、馬鹿ではないのが厄介なところだ。目端がきくし、なにより人心の操り方をよく心得ている。

 父親である美津谷智仁(ともひと)、そして櫂が米国本社に尽力している間に、この日本法人の上層部はすっかり塔子の支配下に置かれていた。

(さすがは久我(くが)家の女だな)

 塔子の実家である久我家は、二名の総理大臣が輩出している名家中の名家だ。とくに裏から男たちを操る代々の奥方が有能なことでも知られていた。塔子もその血を色濃く受け継いでいるのだろう。いい面でも悪い面でも……。

「とにかく! MTYニューヨークの後継者は潤よ。久我の血を引く、あの子が継ぐのが正当だわ。なにがなんでも櫂はつぶしなさい」

 ゾッとするほど冷淡な声だった。

「……は、はい。おおせのとおりに」

 ここからでは顔も見えないのに、答える今岡のおびえが手に取るようにわかった。

 ふたりの気配がなくなってから、櫂はふぅと細く息を吐き自身の執務室へと入っていった。

 トップの部屋なので、非常に豪華だ。ふかふかの絨毯に、L字型の大きな執務机。大きな窓からは開放的な景色を眺めることもできる。

 高機能なオフィスチェアの背もたれに体重を預けて、櫂は視線を遠くに向けた。
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