このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「そりゃあ、美津谷櫂のネタは今一番金になりますからね~。【午後七時、新妻のもとに帰宅】って書くだけで、三流タレントの不倫ネタよりずっと売れます」

 彼は電子タバコをくわえながら、続けた。

「もちろん悪いな~とは思ってますよ。けど、あなた方のようなセレブと違って一般庶民は日銭を稼がなきゃ飢え死にですから」

 週刊誌の記者の報酬体系は知らないので、櫂としては否定も肯定もしづらい。

「まぁ、こちらも?宣伝のときだけ利用させてほしい〟という勝手を言うつもりはない。俺の帰宅時間を記事にするくらいならご自由に」
「そう言ってもらえると、助かりますよ」

 彼はニヤリと、ヤニで黄ばんだ歯を見せる。相当なヘビースモーカーと思われる。

「ただし」

 櫂はグッと車体に身体を近づけて、彼を見おろす。

「自宅はさらすな。それから……妻になにかしたら、ただじゃおかない」

「ははっ。怖いなぁ、大丈夫ですよ。どこのメディアも美津谷の権力は十分に承知していますから。持ちつ持たれつってことでひとつ!」

 彼は降参とでも言うように両手をあげて肩をすくめた。しかし、長い前髪からのぞく瞳は獲物を狙うようにギラギラしている。

「けど、この結婚、なんかこう金になりそうな匂いがするんですよね~」
「タバコの吸いすぎには気をつけたほうがいい。嗅覚が馬鹿になっているんだろう」

 櫂はそう言い捨てて、記者の探るような眼差しに背を向けた。

(身辺にはこれまで以上に気をつけないとな)
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