このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 咲穂との結婚。思いきった賭けに出たという自覚はある。誠実そうに映る社内結婚、めでたい話題でイメージアップしたところでリベタス発売の告知をする。オープニングCMには美津谷櫂が妻と共演しているらしい、そんな噂をうまく流せば大きな反響を呼ぶだろう。

 反面、塔子や今の記者のように疑わしい目で見る人間も必ず出てくる。世の中は火のないところに煙を立てようとする人間ばかりなのだ。

 それに、櫂と咲穂は実際に婚姻届を提出しているとはいえ、『火がない』とは言い切れない結婚をしている。あれこれ探られるのは避けたい。累が及ぶのが自分だけならまだいいが、必ず咲穂を巻き込むことになるだろうから。

 そこで、櫂の顔面に自嘲的な笑みが浮かぶ。

(いや、そもそも巻き込んだのは俺か)

 彼女の弱みに付け込んで、利用した。それは否定できない。だが、どうしても……。

(咲穂はリベタスプロジェクトに必要な人間だから)

 彼女は知らないことだが、咲穂を美津谷エージェンシーから引き抜いたのはほかならぬ櫂自身だった。
 MTYジャパンのグループ企業の近年の業績について報告を受けているとき、たまたま目についた広告があった。WEB用の短い広告動画だったが、似たり寄ったりになりがちなハンドクリームのCMをとても新鮮に見せていた。

 これを手掛けた人物が?出水咲穂〟だと知り、『若すぎる』だの『慣例がない』だのという社内の声を抑えてプロジェクトメンバーに引き入れた。

『少しだけCEOのお時間をください。二週間後に必ず百点の企画をお出ししますので、この時間を無駄にはさせません!』
< 82 / 165 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop