このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 最初のプレゼンで、櫂は彼女の企画案にやや厳しすぎるほどのダメ出しをした。その直後の、咲穂の目。あれを見た瞬間、櫂は無意識に頬を緩めていた。自分の直感が正しかったと確信できたから。

 咲穂の瞳に宿る熱意は削がれるどころか、ますます勢いを増して輝いていた。

 自身の好感度をさげたくない、彼女を妻にしてリベタスのモデルを務めれば話題になる。それも嘘ではなかったが、櫂が咲穂と結婚した一番の理由は彼女に仕事を続けてほしかったからだ。田舎に帰るのを黙って見ているなど、耐えられない。リベタスプロジェクトで彼女の才能は絶対に花開く。その瞬間を、どうしてもこの目で見たかったのだ。

 それはそのまま、櫂の成功にも繋がっているから。

(そう、彼女との結婚はビジネスだ。それ以上の理由など……)

 ならばなぜ、自分は婚前契約書の書面から【互いに恋愛感情を抱かないこと】という条項を消したのだろうか? 初めは明記しておくべきだと思っていたのだ。だが、咲穂に渡す直前に削除して、印刷し直した。

 口頭で説明すれば済む話。たしかにそうなのだが、削除しなければならない理由も……なかったように思う。

 櫂は自分でも嫌になるくらいに合理的で完璧主義な人間だ。自分の行動にはすべて目的と理由があり、説明できる。だがあの行動には、いまだ適切な解説がつけられない。

 玄関を開けてなかに入ると、ちょうどリビングにパッと明かりがついた。咲穂も今帰ってきたところなのだろう。
 廊下を歩く自分の胸はやけに弾んでいて、塔子や記者に与えられた憂鬱な気持ちがすぅと消えていく。
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