このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 そんな憶測をしたけれど、きっと櫂にとって楽しい話題じゃない。だから咲穂はそれ以上なにも聞かないでおいた。

「ここも、どこかの国の大使館じゃないんですか?」

 美津谷本家を前にした咲穂は、思わず隣の櫂にそう尋ねてしまった。警備員の立つ、物々しいゲート、広々とした西洋庭園。その先にドーンと存在感たっぷりの洋館……いや、咲穂の感覚からすると完全に城だ。ベージュの壁面にチョコレート色の屋根、左右対称にいくつもの格子窓が並んでいる。

(いったい、なん部屋あるんだろう?)

 咲穂が想像できる豪邸の範疇をこえていて、「すごい」以外の感想が出てこない。

「櫂さんもここで暮らしていたんですか?」
「あぁ。祖父がルーツは大切にしろという方針だったから、小学校までね」

 櫂の子ども時代を妄想して、咲穂は目を細めた。

「さぞかし美少年だったんでしょうねぇ」
「いや……暗くて、つまらない子どもだったよ」

 冗談めかして言ったけれど、その表情がわずかに曇っていた。

(櫂さんにとって、ここは心安らげる場所ではなかったんだろうな)

 屋敷に入ってからの彼の様子で、それは確信に変わった。櫂の顔つきが実家に帰ってきたというより、むしろ……これから敵地に赴く将校のように険しくなったから。

 おそらく無意識だろうけれど、櫂は色をなくすほどの強さで唇を噛み締めている。

「櫂さん」
「ん?」

 咲穂は彼に向かって自分の手を伸ばす。

「少しだけでいいので、手を繋いでくれませんか?」

 唐突な申し出に彼はキョトンとする。

「その、なんだか緊張してきてしまって」
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