このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
(目的はどうあれ、無視しないでくれるだけ優しいといえるのかも)

 絵に描いたようなイジメっ子の笑みを浮かべて、彼女が話しかけてきた。

「慣れない場に連れてこられて、咲穂さんも大変でしょう。庶民的なあなたには、ここは場違いすぎるわよねぇ」

 ひねりのない嫌みを言って、クスクスと笑う。咲穂はにっこりとほほ笑み返す。

「お気遣いありがとうございます。でも、私は大丈夫ですので」

 咲穂が堂々としているのが気に食わないのだろう。美しい彼女の顔がピクリとゆがむ。

「そう、余計なお世話だったかしら」

 咲穂は返事をしないことで肯定の意を示した。いまいましそうに梨花はつぶやく。

「あなたごときが櫂さんの妻なんて……彼女とは比べものにも……」
「彼女?」

 咲穂が聞き返すと、梨花はクスリと意地悪に口元を緩ませた。

「いいえ、なんでもないわ」

 そして、去り際に咲穂の耳元で吐き捨てる。

「身の程はわきまえおくのが、あなたのためよ」

(思わせぶりに……なにを言いたかったんだろう?)

 気にならないといえば嘘になるが、咲穂の思考はそこで中断された。梨花と入れ違いで、離れていた櫂が戻ってきたからだ。彼は眉根を寄せて、梨花の背中を振り返った。

「彼女になにか言われたのか?」
「いえ、あいさつをしていただけです」

(きっと、ただの意地悪よね。真に受けて落ち込んだら彼女の思うツボだ)

 自分にそう言い聞かせて、櫂を安心させるようにほほ笑んだ。

「それなら、いいが」

 しばらくしてから、咲穂はお手洗いのためにその場を離れる。

 用を足して櫂のもとに戻ろうとしたとき、廊下で意外な人物に声をかけられた。
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