このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「どうも、咲穂さん」
「……潤さん」

 ニコニコしてそこにいたのは、櫂の弟である潤だった。

 たしか彼は咲穂よりひとつ年上だが、一応義姉になるので『さん』づけしてくれたのだろう。営業部にいる彼と広報部の咲穂が顔を合わせる機会はほぼないので、言葉を交わすのは中華料理店での初対面の日以来だ。

「ギスギスしたつまらない席に連れてこられて、咲穂さんも大変だね~」

 櫂と敵対する派閥の旗頭なので、一瞬警戒してしまったが……潤自身は咲穂に悪意を持っている様子はない。無邪気というか……実年齢と比較してもやや幼い印象を受けた。

「いえ、そんなことは――」

 否定しようとした咲穂の言葉を遮って、彼はプッと小さく噴き出す。

「無理しなくていいって。誰がどう見てもギスギスしてるんだからさ」

 あまり似ていないと思っていたけれど、笑ったときの目元は少し櫂に似ている。

「えっと、潤さんはこんなところにいて大丈夫ですか? お部屋に戻られたほうが……」

 取り繕うように話題を変えて、咲穂はチラリと和室の方角に目を向ける。塔子を中心として、まだ賑やかなお喋りが続いているはずだ。

「う~ん、別に誰も俺のことなんか求めてないでしょ」

 悲しい台詞だが、本人は他人事のようにケロリとしている。

「奥さんですらあの調子なの、咲穂さんも見てただろ」

 彼は芝居がかった仕草で肩を落としてみせた。梨花が今日も、塔子にべったりなのを指しているのだろう。

「うちの奥さんね~、最初は兄貴のこと狙ってたんだよ。でもあっさり撃沈して。だから兄貴を蹴落として俺をMTYニューヨークの代表にしたくて必死なの。笑えるよね」
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