このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「広告代理店の社員なだけあって、その辺りの分析力はさすがだな。だが……」

 やっと褒めてもらえたかと思いきや、櫂の声音はまた一段険しくなる。

「小賢しい」
「え?」
「小賢しいと言ったんだ。カレーなのかシチューなのか、はっきりしない中途半端なものを作るのは俺の美学に反する」

 遠慮のなさすぎる物言いに、咲穂は目を丸くして彼を見返す。

(期待外れとか、小賢しいとか……この人、ワードチョイスが絶妙に失礼すぎない?)

 仕事には厳しいが、紳士だと聞いていたのに……想像していた人物像とはだいぶかけ離れている。

 有能なのは間違いないのだろうけど、好きではない。咲穂はそれを確信した。

「なんだ? 不満があるなら言ってみろ」

 唇を引き結んでいた咲穂に、彼が突っかかる。

「では、僭越ながら申しあげますが……CEOの美学は売上より大切なのでしょうか? イエスマンは望まないとおっしゃったのに、ご自分のセンスに反するという理由だけで部下の口を塞ぐのは――」

 咲穂の言葉を遮って櫂が言う。

「塞いではいないだろう。現に今、君は俺を相手にズケズケと物申しているじゃないか」

(ズケズケって……うぅ、いちいち言い方が嫌みっぽい!)

『好きではない』が『嫌い』にランクアップしそうだが、咲穂は大きく息を吐いてどうにか心を落ち着ける。

(この人は出向先のCEO、私が盾突いていい相手じゃない。おまけに、私の人生が懸かった仕事の総責任者。クビにされたら詰み、よ)

 まるで咲穂の心中を察したかのように、彼はどこか愉快そうに目を細めた。オンモードの愛想笑いとは少し違う、素の彼が見えたような気がする。
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