このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 咲穂が聞いたわけでもないのに、彼は自分と梨花の結婚は塔子が強引に決めたことだと話してくれる。

「ま、梨花は美人だし不満ってわけでもないけどさ」

 なにもかもどうでもいいと思っているみたいに、投げやりに彼は続けた。

「けど、母さんも梨花も馬鹿だよね。俺と兄貴じゃ能力の差は一目瞭然なのに。会社つぶす気なのかな?」

 潤のあっけらかんとした笑顔、咲穂の目にはひどく寂しげに映った。

(苦しんでいるのは、櫂さんだけじゃないんだ)

 それでも闘い続けることを選んだ櫂と、諦めて土俵をおりてしまったように見える潤。けれど誰が潤を責められるだろう。きっと『美津谷』の名があまりに重すぎるのがいけないのだ。

「それにしてもさぁ」

 潤は急にパッと瞳を輝かせて、咲穂を見る。

「あの兄貴が咲穂さんみたいな女性を選ぶとは……正直、すっごく意外。あ、ごめん。失礼な発言だった?」

 確認するまでもなく無礼な発言だと思うが、潤にはまったく邪気がないので腹も立たなかった。それに、彼の感想はごくごく一般的で百人中九十九人が同じことを思うだろうから。

「気にしないでください。私もそう思っていますし」

 少し笑って咲穂は答える。

「だよね~。アイビーリーグを卒業後に起業して、億万長者になりました。みたいなさ、鋼の女と結婚するんだろうな~と思ってた」

 アイビーリーグはたしか、アメリカの有名大学グループを指す言葉だ。どんな大学が含まれていたかは、自分には無縁すぎてちょっと思い出せないけれど。

「あ、でも兄貴が昔好きだった女もそういえば日本人だしな。大和撫子が好みなのかも」

 言いながら、潤は咲穂を見て首をかしげる。
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