このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
「前にも少し話したが、継母は久我の血に誇りを持っている。庶民の血を引く俺が長男だからと大事にされ、自分の高貴な血を受け継ぐ潤が日陰の立場になっていることが納得できないんだろうな」
「櫂さんが表舞台に立っていられるのは〝長男〟だからじゃないですよね。実力があるからこそでっ」

 咲穂はつい熱くなる。けれど、櫂は静かにほほ笑むだけだ。

「俺も子どもの頃はそう思ってた。がんばれば、いつか母も認めてくれるだろうって」

 でも結果は逆だったようだ。櫂の優秀さが目立つようになればなるほど、彼女は櫂を憎むようになっていった。

「十二歳になったとき、あの家を出て米国のジュニアハイスクールに入学した。全寮制の学校だったんだけど、ルームメイトが『おかえり』と声をかけてくれるのにひどく驚いたな」
「え?」

 咲穂は瞬時には、櫂の言葉の意味が理解できなかった。

「実母は物心つく前に亡くなっているから、俺は誰かに『おかえり』を言われたことがなかったんだ。美津谷の屋敷には従業員が大勢いたが、彼らはビジネスライクだから『おかえり』なんてフランクな接し方はしてくれなくてね」

 櫂は笑っているけれど、深い悲しみが咲穂にも伝わってくるようで……咲穂の瞳はじわりと潤んだ。自分が泣くような場面じゃないとわかっているけれど、込みあげるものを抑えきれない。

「生まれてくる家は選べないけど、結婚して新しく作る家庭はそうじゃないって話を聞いたことがあります」

 やけに必死になって、咲穂は言葉を重ねた。

「だから、これから! 櫂さんを温かく迎えてくれる家庭を作ることだって……」
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