このたび、夫婦になりました。ただし、お仕事として!
 櫂が共演相手にモデルや女優じゃなく妻を選んだというストーリーは、マスコミがそう演出しているせいもあるだろうが……世間にはとてもウケがよかった模様だ。咲穂の外見が地味だったのも、『お相手を堅実に選んだ感じがして、素敵~』と、櫂の株をあげる要因になっている。

(まぁ、もともと彼の好感度が高かったおかげよね)

 たとえ同じ行動をとっても、好感度の高い人間とそうでない人間では世間の反応は変わってくる。CEO自らがモデルを務めるという、普通ならば賛否両論になりそうな企画で最高の結果を残せたのは彼の自己プロデュース能力ゆえだ。

 咲穂がそう言っても、櫂はまだ心配そうな顔をしている。

「仕掛けた俺が言えた義理じゃないが……万が一、身の危険を感じるようなことがあればすぐに教えてくれ」
「――はい」
「なんだよ、ニヤニヤして」

 咲穂の緩んだ口元を見て、彼がかすかに眉根を寄せる。

「いえ。仕事の鬼なのに……どこかで冷徹になりきれないの、櫂さんらしいなと思いまして。そういうところ、すごく……」

 そこで、はたと気づいて咲穂は両手で自身の口を塞ぐ。

「言いかけて途中でやめるな。気持ち悪いだろう」
「えっと、悪口じゃないですよ! だから気にしないでください」
「……ふぅん」

 櫂は意味ありげな眼差しをこちらに寄こしつつも、追及はしてこなかった。咲穂は彼にバレないよう、そっと胸を撫でおろす。

(あぶなかった~。うっかり、そういうところが〝好き〟って言いかけちゃった)

 好き。心のなかで言語化するだけで、頬が熱くなる。上品な仕草でクロワッサンを食べている彼が、愛おしくて……同じくらい憎らしい。
< 99 / 110 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop