第一幕、御三家の桜姫


「……いいじゃん、父親になりたいでも。理由は気になるけど」

「……別に自慢できるような理由じゃねーよ」

「じゃあ遼くんの将来の夢はお笑い芸人だから本当はクールなフリしてみんなを笑わせたくてうずうずしてるしネタ帳は常備してるからネタを披露(ひろう)してほしいって声をかけられるの楽しみにしてるんだって紹介するね」

「しばくぞテメェ」

「痛たたた」


 片手で両頬を掴む桐椰くんの目には、打って変わって殺意が光っている。質問メモ張で腕を叩いていると、桐椰くんは思いのほかすぐに放してくれた。


「……俺の家、母子家庭なんだよ」


 ――パチクリと、瞬きした。


「父親は、中学のときに出て行った。まあ……なんとなくそういう気配は感じてたから、案の定といえばそうだったんだけど」


 桐椰くんは何かを誤魔化すように、ポケットに手を突っ込んで前だけを見ていた。


「……小学生の頃はまともな父親だったんだよ。母さんを大好きで運動会のヒーローで……俺の理想だった」


 消えるように小さく呟いた後――桐椰くんは口を一度閉じた。


「だから俺の将来の夢は公務員ってことにしろ」

「え? 今の流れでなんで?」

「ぐだぐだややこしい。大体今回俺達がコンテストに出るのは優勝するためだぞ。そこに馬鹿正直さなんて要らねぇ」


 桐椰くんの目は別人のように冷ややかに変わっていた。

 ああ、やっぱり、桐椰くんは透冶くんのこととなると突然その頭からつま先まで雰囲気を変えてしまう。まるで偽物を弾劾(だんがい)しようとしているような空気を(まと)う。

 もちろん、松隆くんも月影くんも、生徒会が透冶くんの話を口にすれば空気が変わる。でも、それはきっと生徒会に犯人がいると思っているからだ。ただ桐椰くんだけが違う。桐椰くんだけが、自らその名前を口に出すときにも異常な反応をする。


「……そうだけど」

「分かったら公務員。で、お前の将来の夢は?」

「私は海外で働きたいなあ」

「海外?」

「うん。どこか遠く、私のことをだーれも知らない世界、そんなところで働いてみたい」

「ふーん。じゃあ宇宙飛行士ってことにしとくか」


 その場限りの適当な返事としか思ってなさそうに、桐椰くんは締めくくった。

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