御三家の桜姫



「で、でも……」

「いいから代われよ」


 多分、鬼のような形相で睨みつけたのだろう。ろくに返事もできずに「ひっ」と縮み上がった木之下くんが、赤木くんがしたのと同じように慌てて勉強道具を片付けて席を離れた。

 次々と出現する犠牲者、その元凶は再び私に視線を向けた。


「座れば?」

「……いや、あの、座ればと言われましても……」


 だって、この机は生徒会役員の木之下くんのもので、それでもって桐椰くんは、生徒会役員の赤木くんに逆らったのだ。私は生徒会役員に正当な謝罪を要求しただけで──記憶の中の三週間を振り返る──この有様。今後、何をされるか分かったもんじゃない。

 そう、思ったのに。こっそりと様子を伺ったクラスメイトはみんな机の上に広げたノートに噛り付くふりをして“我関せず”を決め込んでいた。誰もが、頼むから私に火の粉が降りかかるのだけは勘弁だ、そう横顔だけで告げていた。

 なぜ、だろう。桐椰くんと会って以来急変した状況についていけない。ただ、この調子なら木之下くんの席を貰ったところで何も言われないだろう……。私の席を教室の一番後ろにやって、木之下くんの席をずるずると引き摺って私の席に移動させる。


「ところで、お前の名前、なんだっけ」


 そういえば、桐椰くんの自己紹介を勝手に受けただけだから名前も何も言ってないんだっけ。席も確保してもらったわけだし、ついでにお礼も言っておこう。向き直ると、桐椰くんは、まるで最初から自分の席であったかのように不遜(ふそん)な態度で座っていた。


「……桜坂亜季。席、ありがとう」

「別に席はいいよ、ただのついでだし」


 ついで……まあ、ついでか。この人には私を助ける義理も理由もないわけだし。

 きっと、これ以上関わり合いになることもないだろう。そう判断して、テスト前の確認のためにノートを取り出し──ふと、思い出す。

『御三家だからって調子乗んなよ!』

 赤木くんが口にした“御三家”って何だろう……。桐椰くんを指しているのは分かるけれど……桐椰くんの、なんだ? ただ、赤木くんを筆頭に、他のクラスメイトも生徒会役員も桐椰くんの言動に何の口出しもしなかった。私が生徒会役員に文句を言ったときとはまるで違う状況がカギではある……。

 ただ、私には関係ない話だ。そう思考を打ち切って、テスト勉強に意識を戻した。

 ──そして、下僕生活は始まる。

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