第一幕、御三家の桜姫


 松隆くんと眼鏡を買いに行ってる時に聞いたのだ。桐椰くんは蝶乃さんと付き合っていたとき、本当に好きになろうって努力したんだと。蝶乃さんに告白された時も、蝶乃さんのことを好きじゃないから付き合えないって馬鹿正直に答えたらしい。蝶乃さんがそれでもいいと、付き合ってるうちに好きになってくれればいいと言われて絆された部分もあるらしいけど。


『初めてできた彼女に浮ついてたのは確かだけど、恋人概念について右も左も分からなかったからこそ、傍目にはちょっと面白くても本人は真面目に蝶乃と付き合おうって一生懸命だったんだ』


 その話をしていたときの松隆くんはまるで子供を可愛がるような表情だった。


『蝶乃の我儘全てに全力で応えようとしてた。ほら、まだマシだったとはいえ、蝶乃は根本的にあの性格だから敵は多いんだよ。蝶乃の陰口叩く女子はアイツが全部やめさせたし、男に襲われそうになれば停学食らってでも返り討ちにしてた。空回りはしてたけど、あんなに彼女に一生懸命になれる彼氏は少ないと思うよ』

『ふーん。桐椰くん、頭は悪くなさそうなのにおバカなんだね』

『まぁ、そうだね。でも、できた男だと思わない? アイツ、蝶乃を責めたりしないだろ?』

『どゆこと?』

『騙されたとか、付き合うんじゃなかったとか。うんざりしてたし、二度と付き合いたくないと思ってるのは本当だけど、付き合ってた当時の蝶乃の悪口を自分からは一切言わないよ』

『……なるほど』

『途中で面倒になって我儘叶えなくなった、って言ったけど、あれも蝶乃が陰でアイツをステータス呼ばわりしたのを聞いちゃってからなんだ。アイツは本当にあんなクソ女でも大事にしようとしたんだよ』

『ふーん。やっぱりおバカだね、桐椰くん』

『本当、損してるヤツだよ、遼は。蝶乃の気まぐれで、少なからず恋愛に関しては傷を負ってるんだから。だから初恋の人は──次こそは、まともな女だといいねって俺達は話してるよ』


 松隆くんだけじゃない、月影くんだって口では笑いながらも本当は桐椰くんを気遣ってる。本当に御三家は仲良しの幼馴染なんだなって──ちょっと、羨ましかった。松隆くんが吐露した幼馴染としての本音は、桐椰くんの時々寂しそうな表情を説明してくれる。父親になりたいって言ったときも、自分だから好きって言ってくれたらって言ったときも、誤魔化せるけど誤魔化したくない感情なんだと思う。それはきっと経験を映した鏡のような切望だ。


「ねぇねぇ遼くん」

「なんだよ」

「今三年二組通り過ぎたけど、もしかして遼くんは目が悪いのかな」

「お前はマジで性格が悪いな」

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