第一幕、御三家の桜姫


「……あの、月影くん」

「何かおかしな項目でも?」

「……私の勘違いでなければ、劇に十万単位のお金がかかってるんだけど……」

「帳簿が正しければ本当にかかってるんじゃないか?」

「正しいと思うけどね? 鹿島達と歩くついでに見たけど、随分と豪奢な衣装をふんだんに使ってたよ」


 信じられない額の記載に信じられない顔をする私を小馬鹿にするように、二人とも当然だと言わんばかりの表情で肩を竦めた。さすが金持ち。


「へぇー……すごいんだねぇ……」

「知らなかったの? クラスで文化祭の話し合いするときに予算の話もあると思うけど」

「例年通りだからやらないんじゃねーの?」

「……そう言うってことは遼も聞いてなかったんだね」

「コイツが鬱陶しく喋ってたから聞こえなかった」

「私が悪いの!? どーせ遼くんだって聞く気なんてなかったくせに!」

「話戻していい?」


 ほんのちょっと憤慨してみせただけで松隆くんの冷ややかな声に遮られた。ただ、時計を見ればもうそろそろ各自宅で夕飯の時間だし、怒られるのも納得。しゃきっと向き直ってみれば、その必要まではなかったのか、松隆くんは私達のそばに来てちょぼを覗き込み、一項目を指さす。ハーフみたいに綺麗なその横顔に一瞬見惚れそうになったのを(こら)えてその指先に視線を移した。全体予算だ。


「全体の額がでかい分、その細かい配分はいくらでも誤魔化せる。仮に各クラスへの配分が間違ってないとしても、クラス明細を誤魔化したりね」

「……でもそんなのそのクラスじゃないと分からなくない? 全クラスで明細誤魔化してるとしたら私達は自分のクラスで調べればいいけどさ……」

「当然、ぬかりなく揃えてあるよ、全明細」


 ふ、と不敵に笑った松隆くんが机に戻って引き出しを開けた。ボックスのように広い引き出しに積み上げるように収納された分厚いファイルの数々。


「……全明細、って……」

「骨の折れる作業だったなあ」


 しみじみと、意地悪く歪んだ綺麗な顔が明細書ファイルを見下ろした。私はただただ唖然とするばかりだ。


「……まさか、全部打ち込みを……?」

「当然」

「……何か分かった?」

「まだ各クラスの提出してる明細は暫定的なものさ。証拠が揃うのはまだ先だよ」


 ──そこまで、できるのか。思わず大量のファイルを凝視する。幼馴染の死のためなら、そんな作業、苦でもないというのだろうか。
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