御三家の桜姫



 そのまま桐椰くんとどんどん歩いて、ようやくたどり着いたのは、普段全く使わない、敷地内の隅っこにある校舎だった。

 桐椰くんはその校舎の鍵を開け「早く来いよ」と促す。足を踏み入れると内側からまた鍵をかけている。悠々と歩く桐椰くんの後ろについていきながら、嫌な予感に襲われた。

 学校案内パンフレットにも記載はなかったし、日当たりは悪いし電気もついていなくて暗い。使われている気配もなく、端的に言って不気味だ。この校舎、もしかしなくても閉鎖されているのでは……。


「……なにここ、なんか暗くてヤダ」

「涼しくていいだろ」

「しかも廊下と教室の左右逆だし……」

「設計ミスだっけな、詳しいことは知らねー。放置されてんだからいいだろ」


 そう、普段の校舎とは廊下と教室の位置が逆だからその意味での違和感もある。ちなみに放置されてることの何がいいのかはさっぱり分からない。

 そんな校舎の一番奥の教室に、明かりがついていた。カラカラと音を立てて扉を開け「ああ、やっぱ総か。早いな」中にいる誰かに話しかけている。なんなら“ソウ”というのは先程桐椰くんが口にした御三家の一人だ。


「おつ。テスト怠いな、全然できないし」


 快活な声は欠片も気に病んでいる様子はない。そのせいか、桐椰くんの返事も「んなこと言って、どうせ適当にできてんだろ」呆れ混じりだ。


「まあ、いつもどおり適当にね。……で、そこにいるのは?」


 暫くは外から様子を伺っていようとしたけど、バレた。恐る恐る顔を覗かせると、桐椰くんがこちらを見ていて、ついでに庭側の窓際に誰かが凭れるように立っているのが見えた。

 逆光で、表情はおろか、顔すらよく見えない。とりあえず教室内に入ると、普通の教室よりも少し間取りが広く、なにやら使い勝手の良いように改造されてた。

 入ってすぐの左手にはテレビにサイドテーブルにソファ。奥にはベッドがあって、保健室のようにカーテンの仕切りがあり、その隣には三段の衣装ケースまであった。教室後ろの壁には本棚が埋め込まれていて、教科書らしき本のほかにも、分厚いドッジファイルがいくつか並んでいる。

 教室の前方には冷蔵庫に電子レンジ。小さい食器棚まであって、その上にコーヒーメーカーが置いてある。そして空いたスペースには、机と椅子とノートパソコン……。

 やたらと生活感の溢れる教室──というか、部屋だった。お陰で、一瞥で済ませるつもりだったのにじろじろと眺め回してしまった。


「その子が例の? 何で連れてきたわけ?」

「コイツ、この間転校してきたんだって」


 ニヤッなんて擬態語でも聞こえてきそうな表情で、桐椰くんが私を親指で示した。


「まだ染まってないだろ?」

「まあ、一ヶ月くらいならそうかな? 俺としては現時点でも異論はないけど、一応駿哉(駿哉)に確認して……っと」


 その人はゆっくりと私に歩み寄って来た。陽光に反射して金髪に見えた髪は、綺麗な明るい茶色い髪だった。きれいな猫っ毛で、ちょっとだけくしゃりと跳ねている、そんな無造作なのにきれいに整って見えた。スラリと背が高く感じるけど、多分一七〇センチそこそこ。でも、一五五センチの私からすれば見上げるほどには十分背が高い。少し日焼けしたように健康的な小麦色の肌、人懐こそうな笑みを浮かべる奥二重の目、少し鉤鼻、と諸々のパーツも美しく整っていた。極め付けはうっすらと弧を描く唇。自分の顔の美しさを分かったうえで、嫌味のない余裕の笑みを浮かべているのだろう。

 もし彼が女性だったら、絶世の美女だっただろう。そのくらい、有り得ない整い方をした美形だった。もちろん、桐椰くんもイケメンだとは思うけれど、雰囲気と第一印象のせいでやや粗暴さが評価の邪魔をする。でも彼は、誠実そうで、真面目そうなのに生真面目そうではなくて、少年らしい遊び心も感じさせる雰囲気を醸し出している。桐椰くんを「人生で会った中で一、二を争うイケメン」と評価したけど、更新された。多分、この人を超えるイケメンに人生で会うことはないだろう。それくらい、完璧なイケメンだ。

 思わず緊張して、喉が締め付けられる。そんな私の様子など意にも介さず、彼は白い歯を僅かに見せて笑った。


「初めまして。松隆(まつたか)総二郎(そうじろう)、御三家のリーダーです」

「リーダー……」


 そっか、総二郎だから総ってニックネームなんだ……。ついでに“リーダー”ということは御三家は何かのチームなのだろうか。ついでに、その松隆くんが緩く結んでいるネクタイは紺色で (ちなみに桐椰くんはパーカースタイルなのでネクタイをしていない)、私達と同学年であることが分かった。

 じっと見つめ返すだけの私に、松隆くんはちょっとだけ苦笑した。


「えーっと、君の名前はなんだっけ?」

「あ、桜坂亜季、です」

「んー、桜坂ね」


 私の名前を復唱し「はいはい、覚えました」と頷く。桐椰くんはソファに座り込んでスマホを見ていて、私を連れて来たくせに我関せずだ。


「……あの、これは一体……というか、御三家って一体……」

「簡単に言うと、生徒会の敵対勢力」


 松隆くんは不敵に笑った。


「俺達は、生徒会を潰すんだ」
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