第一幕、御三家の桜姫
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「……遅かったのね」
声が聞こえるより前に体ごと振り向いた私は、顔を見るなりすぐさま頭を下げる。
「ごめんなさい、クラスで文化祭の片付けをしてました」
「そういえばそんな話、拓実さんから聞いたわね。気をつけなさい」
「はい」
「……友達?」
胡乱な声が桐椰くんに飛ばされる。きっとその目は、桐椰くんの金髪を咎めている。桐椰くんが不審げに口を開こうとしたリップ音が聞こえたから、慌てて手を添えて桐椰くんを紹介した。
「クラスメイトです。家の方向が同じなので一緒に帰ってきました。クラスの出し物の関係で文化祭期間中だけ髪の色を変えています」
「おい、」
「そう。また悪いお友達とつるんでるのかと思った。制服だけはいい学校のを着せてるんだから、くれぐれも無駄にするようなことはしないでね」
「はい」
「早く入って。鍵閉めるから」
「はい」
顔色一つ変えずに流れるように嘘を吐いた私を、桐椰くんがどう思ったのか。とにかく、一度玄関が閉まってから桐椰くんに向き直る。
「というわけです、ごめんね遼くん、厳しいお母さんなのです」
「……厳しい、お母さん……?」
お前何言ってんだ、と言わんばかりの怪訝な目が向く。でも間違ってはいない。
「はいはい、遼くんのお母さんも心配してるよ、早く帰って夕飯の準備手伝いなよ。じゃあね、また明日」
「おいお前、」
「あのね桐椰くん、私、桐椰くんの誠実なところ嫌いじゃないよ」
苦手だけど。
心の中だけでそう付け加えて、桐椰くんを家から離すように推して、門の中に、そして家の中に飛び込んだ。迂闊にも“桐椰くん”と呼んだことには気づかずに。