第一幕、御三家の桜姫


「……昨日ナンパされた」

「はぁ? アイツマジで見境なしかよ! 目につく雌なら犬でもいいのかってレベルじゃねーか!」

「失礼な! 遼くんは少しは彼方を見習ったほうがいいよ!」


 それだというのに、ナンパという一言だけで完全に納得された。彼方のナンパ癖は実の弟の桐椰くんですら手を焼くほど困ったもので、かつ当然の事実らしい。額を押さえて「だから文化祭来んじゃねーって言ったのによー……千円で売るんじゃなかったマジで……」と後悔してる。本当に売ったんだ。眉間に皺を寄せた桐椰くんの目が「で?」と向けられる。


「どうせアイツに可愛いとか身長がいい感じとか守ってあげたい系とか言われたんだろ? 本気にして惚れんなよ、どーせ『みんなに優しいくせに』とか言って振る羽目になるから」

「本気にしてないしいつもそうやって振られるのを見てきたんだね」

「そうだよ。別に振られるのは勝手に振られりゃいいけど、一緒に歩いてて急に絡まれるのは勘弁だっての……」


 有り得る……。あの彼方相手ならきっと別れた女の子側も嫌いになれなかったとか言って未練がましく付き纏っちゃうんだろうな……。


「お前以外の女子にも声掛けてなけりゃいいけど……。なんでか知らねぇけどモテるし……」

「そりゃ顔が良いもん。桐椰家はみんな顔だけは良いの? 弟くんも含めて」

「さぁな、知らねーよ身内の顔の程度なんか」

「にゃるほど」


 むにっなんて優しい擬態語などとはかけ離れた強い力で頬をつままれる。何か癪に障ることを言うたびに(つね)られるせいで痛いと訴える気すらなくなった。


「じゃあ午前中は弟くんの案内なんだね」

「あぁ、絶対に午後までに追い返してやる」

「そんなに心配しなくてもいいじゃん、中学三年生でしょ? きっと一人でも適当に遊ぶよ」

「BCC見られるのを気にしてんだよ俺は!」


 鳥肌でも立ってしまったかのような表情で愕然と桐椰くんは叫んで見せた。確かに、どんなコンテストなのかは知らないけど身内に見られるのは中々……。


「あっ」

「なんだよ」

「私も妹が来るんだった……」

「へぇ。お互い見られねぇようにさっさと追い返さねぇとな」

「友達と来るって言ってたから無理だよ。私は別に大丈夫だよ、口の堅い子だから秘密ねって言えばそれで済むもん」

「お前には気恥ずかしさってもんがないのか?」

「それは兄弟仲良しこよしだから思うことだと思うよー」


 だから私は平気、と言いながら眼鏡をはずして髪を結う。「髪くらい結びなよぉ」と飯田さんがシュシュを渡してくれたからだ。希望役員はそこそこ自分達の権限があるから中立なのだろうかと、文化祭の準備が始まって以来思ってる。
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