第一幕、御三家の桜姫

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「じゃあ遼くん、私は仕事してるから。弟くんと仲良くね。きっと連れてきたら遼くんと弟くんの顔に免じてみんなサービスしてくれると思うよ!」

「あ? あぁ……」


 あれ? 桐椰くんが憎まれ口を返してこない……。どうしたんだろう、と眉を顰めてみせるけれど、桐椰くんのほうが何か言いたげに困惑した表情になっている。首を傾げてみせたけれど、「じゃあ今日の流れ確認しまーす」と枯れた船堂くんの声で仕方なく隣を離れた。声の通り、みんなの中心に立つ船堂くんはすっかり疲弊しきっていて、文化祭の仕事の過酷さを体現している。ボロッなんて擬態音でもつきそうな佇まいだ。


「シフトは確認してるよね? 今日は後夜祭もあるから夕方には閉められるように調整して……あ、後夜祭の注意事項はロッカー前に貼ってあるから確認して……。あとは、」


 覇気はあっても元気がない、そんな声が休み休み今日の説明をしていく。桐椰くんが疲れたと話した通り、とんでもなく長い二日間だった気がするけれど、これで私は御三家の奴隷の立場から解放されるというわけだ。生徒会が本当に透冶くんの事件の秘密を話してくれたら、だけど。


「――というわけだから、最後までよろしく。あ、くれぐれも食品の扱いには気を付けて。以上、解散」


 声を張り上げることはできない船堂くんが手を叩いて合図の代わりにする。みんなせかせかと配置につき、まずは片付けていた畳を敷き直す。続いて正座椅子を男子が並べて毛氈(もうせん)を敷く。普段は仲間外れの私までも「これで食器拭いて!」と布巾を渡された。相手はなんと舞浜さんで、「終わったら裏で準備に回って、お客さんが立ったら毛氈整えて! どうせ接客も下手でしょ!」となんだかよく分からない(そし)りを受けた。他に何が下手だというんだ。しかも笛吹さん事件以来初めて話した内容がこれって……。


「どうせ手先も不器用ですよ……まったくもう……」


 お茶の器を拭きながら時間を確認すると、午前九時五十五分だった。校門の様子はここからは見えないけれど、きっと昨日と同じく早めのオープンでお客さんはぞろぞろ入って来てるに違いない。桐椰くんも弟を迎えに行ったのかな、と周囲を見回すと、想定通りいなくなっていた。他の人達も和菓子の数の確認やら食器の確認やらで忙しいし、文化祭には本気で挑むせいか良い意味でも悪い意味でも私に構う人はいない。


「……つまんないの」


 昨日も桐椰くんがいない間は暇だったし。長い午前中になりそうだなぁ、なんて、毛氈も一通り整えて裏に戻れば、ポケットの中のスマホが振動した。表示されたLINEの名前は彼方だ。
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