御三家の桜姫



 それを聞いた桐椰くんが酷い顔をした。まるでゴミ虫または珍獣を見るかのような目で私を見る。


「……待て、第五条件は聞いたことがない。しかもコイツ、そんなに可愛くねぇ!」

「失礼な! 言っとくけど、私そこそこ可愛いほうだからね? 並みの上くらいだからね!」

「リアルな自信の持ち方すんなよ! 図々しいなお前!」

「まあまあ、遼、そう言うなよ。桜坂はちゃんと可愛いよ」

「あん?」


 必要ならば百万遍でも「可愛い」と言ってみせる、そう思えてしまえそうなほど、松隆くんはさらりと言ってのけたうえで、どこからともなくヘアゴムを差し出してくる。お陰で照れる暇もない。


「髪、結んでみて。ポニーテールでいい。前髪も分けて」

「言っとくけど私そこそこ可愛いからね!」

「俺は分かってるから」


 やんわりと受け流されてしまったせいでやや士気を削がれた。仕方なく、指示されたとおりにヘアゴムを受け取り、口にくわえ、手櫛で整えながら結び始める。ただ、結ぶ途中で眼鏡が邪魔だったので外した。

 少し、桐椰くんが表情を変えた気がしたけれど、気付かないふりをして髪を結ぶ。……きっと松隆くんは、この眼鏡のことも見透かしているのだろう。

 パチンッとヘアゴムが音を立てた。


「変身完了、です」


 悪い視力の中でも、松隆くんが満足そうに頷き──桐椰くんが目を点にしたのが分かった。


「……え? は? ……詐欺だろ!」

「どうです、並みの上くらいに可愛いでしょう」

「確かに並みの上くらいになってる!」

「え、そこはちょっと、上の中だよ、みたいな……」

「図々しいな。へー、じゃあお前、自分が並みの上くらいに可愛いって分かっててわざとダサくしてたんだ?」


 桐椰くんの、驚いたような、興味津々のような声。可愛いって分かってて、なんて言うと本当に図々しい気がするけど、確かにその節はある。


「桜坂、どうせならスカートも折ってくれない? ウエストちゃんと絞ってさ」


 そこで松隆くんが爆弾発言。「へっ?」と私は変な声を上げたし、桐椰くんは半分狼狽え「お前何言ってんだ!」半分怒っている。でも松隆くんは笑みを崩さない。


「ああ、全然、無理を言うつもりはないよ。ただ、そのほうが分かりやすいかなと思って」

「あー……、うん、そういうことなら、いいよ、別に」


 きっと松隆くんは、私がどこまで意図的に“私”を装っているのか確認したのだろう。

 ただ、スカートのホックの位置を調整しようとしてパチンッとスカートのホックを外せば「馬鹿かお前は!」桐椰くんに怒鳴られた。


「へっ」

「仮にも男二人が目の前にいるときにスカート半分脱ごうとしてんじゃねーよ!」

「大丈夫だよ、脱がなくても調整でき──」

「そういう問題じゃねーんだよ! お前も普通に見てんじゃねえ」

「分かった分かった」


 怒った桐椰くんが松隆くんの胸座を掴み、揃って私に背を向ける。私は気にしないって言ってるのに、意外とピュアだな、あのヤンキー……。
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