第一幕、御三家の桜姫
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「おいお前……」
「だいじょーぶだって。椅子だけ、ちょーだい」
狼狽した桐椰くんの顔なんてらしくない。会場の喧騒は耳に届かなくて、多々羅さんが椅子を持ってこさせるのだけが視界の隅に映った。パイプ椅子の音が聞こえるけれど、それより先に身体が宙に浮いた。
「お前、見た目より重いな」
「……最低だなー、桐椰くんは。そこは嘘でも軽いなって言っとくものなんだよ」
「嘘は苦手なんだよ。お前と同じでな」
スン、と嗅いだ匂いはレモンみたいで、やっぱり柑橘系だった。
「私、嘘は得意なんだけどなー……」
「よく言うぜ。アピール話の最後は『桐椰くん』って呼んだくせに」
そうだっけ……。記憶を探るけれどどこでそう口走ったのか覚えていない。でもそう呼んでしまったということは、どこかで本音を言ってしまったのかもしれない。
「……椅子来たけど、どっちがいい」
「椅子か俺の腕の中か? イケメンだなー桐椰くんは」
「うるせぇな、真面目に聞いてんだぞ。パイプ椅子だと落ちるだろ」
「……そうかもしれない」
私は三半規管を失ったんじゃないかと思うほど頭がぐわんぐわん揺れている。確かにこのまま肘掛けも何もない椅子に座っても危ないだけかもしれない。桐椰くんの腕は想像以上に力強いから多分私の体重にも耐えてくれるだろう……多分。
「あの、椅子は用意しましたけど……」
「いい、このまま抱えとく」
「桜坂さん、具合悪かったんですか?」
「あぁ、生徒会の奴等のせいでな」
桐椰くんの舌打ちが降ってきた。正装しても柄が悪いのは変わらないなぁ。
「……桐椰くん、腕痛くなったら降ろしていいよ」
「あと一分くらいだろ。平気だっての」
そうか、外部客もいるから投票は時間制限付きなんだ。なるほどなるほどと頷こうとしたけど、首を縦に振る元気はなかった。