御三家の桜姫

(三)天秤の先のふたつの下僕


 松隆くんの宣言通り、その後、桐椰くんが私に話しかけてくることはなかった。試験週間で席は隣同士だったのに、不自然なくらいに無視だ。

 ただ、たった一日桐椰くんと行動していたというだけで、次の日からクラスの対応はガラッと変わった。下駄箱にゴミは入ってないし、呼び出されることもなくなったし、私物が消えることもなくなったし、コソコソ笑われることもなくなった。御三家の力、恐るべし。

 ただ、やっぱり三日も経てばみんな桐椰くんの気まぐれだったみたいに考え始めたみたいで、試験が終わった次の週には下駄箱の扉にガムテープが貼られて開けられなくなってた。思わず下駄箱に手をついて項垂(うなだ)れる。油断した……三日間何もなかった上に土日も挟めば、もう何もされなくなったかと思ってた。

 苦労しながらガムテープを剥がすと、今日は手紙が一通入ってた。手紙、というか、ルーズリーフの切れ端みたいなもの。リンチかなぁ、と思いながらその簡素な手紙を手に取ると、「放課後第六西」と粗雑な字で書いてあった。リンチでも呼び出しでも告白でも何でもいいけど、なにこれ、どこ。


「暗号じゃん……」


 放課後、まではいいんだけど、“第六西”とは……。西側? だとしたら第六とは……。とりあえずブレザーのポケットに畳んで突っ込んでおいた。

 そのメモの意味も分からぬまま突入した放課後。


「こんにちは、桜坂さん」


 女子トイレで、クラスの生徒会役員の稲森さんが話しかけてきた。なんの企みもなさそうな顔をしているけど騙されない、とはいえ一対一ならリンチされても心配はない。


「なに、稲森さん」

「副会長の蝶乃さんが会いたがってるんだけど、いま暇?」

「えっ」


 頬がひきつった。蝶乃さん、だと? 私の苦手な人ランキング第一位だ。最初に会って以来、目の敵とばかりに虐めてくる。その人に会いに行くなんて、何かされる気しかしない。

 その考えが表情に出ていたみたいで「あ、違うの、そういうのじゃないと思うよ。生徒会室で会いたいって言ってたし」稲森さんは顔の前で手を横に振ってみせる。


「生徒会室……って、あの入口からして豪華絢爛な……」

「そうそう。だから生徒会室が汚れるようなことはしないんじゃないかなー」


 稲森さんは人差し指を口元に当てながら無邪気に言ったけど、そんな言い方に騙されない。私が汚れるのはいいけど生徒会室が汚れるのは困るって……。ただし、だから行っても安全だ。そして行かなかったら何が起こるか……、あんまり考えたくない。まだ御三家の仲間じゃないし、仲間になるかもまだ確定してない。

 だから、私はまだ守ってもらえるか分からない。となると、行っておいたほうが安全なのかな。
< 22 / 50 >

この作品をシェア

pagetop