第一幕、御三家の桜姫


「雨柳が死んだ経緯から話そう。この――ここでは横領ということにしようか、これが発覚したのは、去年の十一月だ。秘密裡(ひみつり)に職員会議が開かれ、事実確認を行ったところ、雨柳と、雨柳の指定役員がこれを行っていたと判明した。当然、雨柳とその指定役員はクビ。肝心の金の使途は、その指定役員と友達連中が私的に費消したことも分かったから、全員に連帯責任を負わせた。まあ、要は金返せって話だ」


 愕然とした松隆くんの口からは、まさか、そんなはずがないとでも聞こえてきそうで。


「先生達も含めて驚いたのは、高校生がちょっと遊びに使うような微々たる額じゃなかったってことだった。それを頭数で割って弁償させることになったわけだけど、雨柳を除けば裕福な家のヤツらでね、雨柳家以外は全額返還した。なんでそんな連中が役員に横領させてまでして金をとったかってことも問題になったけど、ただのお遊びだったらしい。金が欲しいわけじゃない、ただ学校を出し抜いて危ない橋を渡るスリルを味わいたい、ってお遊びさ」


 (まばた)き一つせず会計帳簿を凝視(ぎょうし)している月影くんは、鹿島くんの口から聞かされる話と矛盾する証拠を血眼(ちまなこ)になって探しているかのようで。


「雨柳が横領に関わったのは、もちろん本意じゃなかった――雨柳の指名役員は、前年の会計役員にして、雨柳の先輩だったんだ。おそらく、役員としての立場にかかわらず、彼らの力関係は逆だったはずだ」


 つまり、透冶くんは、本来は自らの秘書である指名役員に逆らうことができなかった。


「その先輩としては、雨柳があまりに真面目で鼻についたから、脅して無理矢理関わらせたとのことだ。そして一回やってしまえば、もう共犯だから終わり……。ただ、連中にとってはただのお遊びだったから。バレて、親に弁償してもらって、綱渡りゲームが終わった後に、それを弁償していない雨柳を責めるのが続きの遊びだったというわけさ」


 鹿島くんの話とその二人の態度に、私だって言葉が出てこなかった。そのくだらない遊びを始めたのは、透冶くんではなくて指名役員だった。それでも、現に横領に手を染めたのは、指定役員である透冶くんだった。

 でもだからって、他の生徒会役員に死ぬほど責められるのが当然であるはずがない。


「その話は、もちろん当時の生徒会の指定役員しか知らなかった。でも人の口に戸は立てられぬって言うだろう? 中途半端に噂が広がったせいで、生徒会役員は雨柳が生徒会内部で不正を働いたと考え、こぞって虐めていたというわけだ」


 透冶くんが無関係である証拠はないか。なにかの間違いじゃないか。共犯にさせられたのではなく、共犯ということにされたのではないか。必死に考えを巡らせる二人の横顔からはそう聞こえてきそうだった。


「雨柳が死んだ後、改めて関係者に話を聞いた。その時に、さっきの話を聞いたわけだ。そして、生徒会を辞めた後の雨柳のことは、ただ遊び半分で責めていたに過ぎなかったとね。……それが、雨柳の死んだ理由」


 雨柳くんの事件は、理不尽で、それでもきっとまごうことなき現実だった。

 だって、鹿島くんの言葉だけじゃなくて、目の前にあるこのファイルに記録されているものが、事実として存在するのだ。そしてこの事実の真実性(・・・)は、月影くんが担保している。きっと帳簿の端にある透冶くんの署名だって、御三家の誰もが本人の字だと頷くはずだ。

 御三家が知りたかった現実は、いま目の前にあるこれが全て。いつの間にか、私でさえ、呆然とその二つのファイルを見下ろしていた。

 その中で、過去の事実の説明を終えた鹿島くんが、もう一度口を開く。そのリップ音が、生徒会室内で不気味に響いた。


「……ってことを、お前は知ってたんだろう、桐椰?」


 ――私達三人は、そこで一瞬、息を止める。呼ばれた本人を、振り向いて。

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