第一幕、御三家の桜姫


「何……?」


 瞠目(どうもく)した松隆くんが、掠れた声を発しながら、桐椰くんを振り返る。そんなの、私と月影くんも一緒だ。

 私達の視線の先にいる桐椰くんは、肯定も否定もしないで俯いて、ただ黙っているだけだ。


「どういうことだ、遼……」


 上擦(うえす)った声は、まるで松隆くんのものじゃないようだった。普段|朗々(ろうろう)と響く余裕のある声なんて想像すらできない、嘘だと言ってくれとでも聞こえてきそうな、どこか懇願(こんがん)するような声。


「四月、桐椰は停学を食らっただろ」


 代わりに鹿島くんが説明した。五月、ゴールデンウィーク明けまで停学で学校にいなかった桐椰くん。十人近くを相手に、先生の前で、看過(かんか)されないほどの大喧嘩をしたんだと、松隆くんと月影くんは話した。そのときの二人は、まるでいつものことだとでもいうように。


「あのとき桐椰が松隆の制止も聞かずに半殺しにした相手は、当時、雨柳に横領をさせた指名役員と一般生徒だよ」


 つまり、松隆くんも月影くんも何も聞かされていなかった。


「遼ッ!」


 地響きのような、怒鳴り声。見たことも聞いたこともない激昂(げっこう)に、私のことでないと分かっていても全身に震えが走った。松隆くんは桐椰くんに歩み寄り、その胸倉をひったくるように掴んだ。


「透冶のことを悪く言われてカッとなった、ってお前は言ったよな……? おかしいと思ったんだ、だからってあそこまでやるなんてお前らしくなかったから。何で黙ってた?」

「……嘘じゃねぇだろ。アイツらは透冶を」

(てい)のいい言い回し選んで隠したんだから嘘吐いてんのと同じだろうが!」

「おい総、気持ちは分かるが少し落ち着け」

「これが落ち着いていられるか! コイツは黙ってたんだぞ!」


 月影くんが肩を掴んでも、それを振り払い、声には耳を貸さないほど、感情を(たかぶ)らせて、声を荒げて。


「言えよ。お前、いつから何を知ってた?」

「……透冶が死んだ、前の日。たまたま、見たんだよ。アイツらと透冶が、会計がどうのこうの言い争ってんの。だから透冶に聞いたんだ、何のことか。……お前らには言わないでくれって頼まれた」

「は? じゃあお前は透冶が何に悩んでたのか知ってたのか」

「総」

「お前は透冶が自殺するほど悩んだものを知ってて放置してたのかって聞いてんだよ!」

「手を放せ、総」月影くんがもう一度松隆くんの腕を掴んで「だからって遼を責めることは――」

「充分な理由になるだろうが!」


 その腕を、叩きつけるように乱暴に振り払う。そんなの、松隆くんらしくなかった。声も表情も態度も、何もかもらしくないほどに、烈火のごとく怒っていた。
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