第一幕、御三家の桜姫

| (.)

「ありがとう、桜坂」

「え?」


 不意に、松隆くんが背を向けたまま口を開いた。私の疑問には答えず、ただひょいと後ろ手に封筒を差し出す。透冶くんの手紙だ。


「……読んでいいの?」

「いいよ」


 立ち止まっておそるおそる開いたその中には、同じく白い便箋(びんせん)が入っていて、『総、駿哉、遼へ』と書かれていた。


『この手紙を、見つけてくれてありがとう。見つけてくれたってことは俺は決意を曲げなかったんだな。……なんて、本当に遺書ってこんな書きっぷりになるんだな。

 もう、終わりにしようと思うんだ。どうしようもなく情けなくて仕方なくて、弁償できるできないの問題じゃなくて、本当にもう、どうしようもない以上の言葉が出て来ない。毎日毎日悩んだけれど、きっとどうしようもないんだな、って逡巡するばっかりだ。

 総も、駿哉も、遼も、絶対にこんな間違いは犯さないんだろうけれど、もし総ならどうしただろう。逆に先輩の弱みを握って脅すかな。駿哉なら、馬鹿馬鹿しいって言って終わりかな。遼なら、何を言われても怖がることなんてないかな。

 もし、あの時にお前達に相談してたら何か違ったかなと、今になって思うんだ。どうして相談しなかったのか、自分でもよく分からない。考えても答えは出ないけど、多分、本気で怒ってどうにかしてくれると思ったからかな。いつだって、何があっても手を差し伸べてくれるって知ってたから。……こんな甘ったれな俺を、理由も聞かずに庇ってくれてありがとう。

 最後に、遼。お前には、さっき会計の話を聞かれてしまって、もう全部話してしまおうかと思った。でも結局話すことはできなかった。優しいお前は、きっと変に考え込んでしまうと思ったから。……自惚れかな? でも、お前は本気で心配してどうにかしようと無茶をするんじゃないかと思ったんだ。お前に、そんな迷惑はかけたくない。だからどうか、俺がいなくなった後に、一人だけ理由を知ってたなんて、自分を責めないでほしい。総も駿哉も、知ってる遼を責めないでほしい。俺が死ぬのは、誰のせいでもない、俺だけのせいだから。

 三人は、きっと、死にそうな俺の胸倉を引っ掴んで怒るんだろうな。そんな想像をすると、ほんのすこし、気が楽になるよ。

 でも、もう決めたことだから。俺のことは措いて、三人はずっと三人で、仲良くいてほしい。そのための仕掛けはしてみたんだけど、上手く機能してるといいな……。

 さようなら、俺の大切な、たった三人の親友。

 雨柳透冶』
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