第一幕、御三家の桜姫

エピローグ

 学校を出た後「じゃあここで」と私だけ別方向に足を向けたけれど、なぜか桐椰くんは私同じ方向に足を向けた。


「え?」

「じゃ、遼、ちゃんと桜坂を送ってくれよ」

「もう大丈夫だよ? ほら、文化祭も無事全行程終了したわけだし」


 文化祭期間中は身の危険がそこそこあったけれど、もう終わった話。透冶くんの事件の真相が分かったいま、私は御三家にとって用済みだ。

 でも松隆くんは「あのねえ、桜坂……」と少し呆れる。


「いくら俺達でも、文化祭が終わりましたはいさようなら、とはしないよ。生徒会がどう出るかもまだ分からないし、当面は守ってやるよ」


 思わぬ返答に、ぱちくりと目を瞬かせてしまった。

 それはもう、契約でもなんでもない。それはただの“仲間”だ。

 頬が緩みそうになって、慌てて「ほほう」とおどけて誤魔化した。


「松隆くんのことは似非王子だって思ってたけど、意外と本当に優しいところあるんだね」

「遼、もうカップルごっこも終わったからウザい時は容赦なく殴っていいよ」

「ああ、BCC終わったら殴ってやるって何十回も思ってたんだよな」

「あっ、すいませんやめてください」


 慌てて頭を(かば)えば、松隆くんはくすっと笑った。桐椰くんも拳を鳴らすふりをしながら、その気はなさそうに歯を見せて笑う。月影くんも珍しく眉尻を下げて、ちょっとだけ穏やかに笑った。

 ああ、そうか。この人達は、本当はこんな風に笑える人達だったんだ。


「主従関係はもういいだろ。これからは仲間としてよろしくな、桜坂」

「……へへっ」


 下手くそな笑いで照れ隠しをしてしまったのは、下僕解放宣言がなされたからではない。

 いつの間にか、契約なんて関係なく、私が彼らを好きになってしまっていたから。


「了解です。これからよろしくお願いします、リーダー」


 そして、その宣言のとおり、これからの私と御三家との関係は少しだけ変わるんだろう。透冶くんの死を受け入れた松隆くん達は、今までと変わらないけれど、ピリピリと痛い空気を(まと)うことは、きっともうない。


「ああ」


 その証拠に、松隆くんの声はいつもよりずっと優しくて、穏やかなのだから。

 じゃあね、と松隆くんと月影くんは歩き出す。その背中に全力で手を振っていると、私の背後から桐椰くんが立ち去っていく気配がした。全く、せっかちなんだから。ほら、松隆くんが振り向いて手を振ってくれた。こういうことがあるからちょっと長く手を振っておくものだよ。


「――亜季」


 驚いて、振り向いた。
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