第一幕、御三家の桜姫
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いるのは、桐椰くんだけだ。いつもの仏頂面で、なんならちょっとだけ照れくさそうな顔をしている。
「……いま呼んだ?」
「呼んだ。早く帰るぞ」
「……はーい」
……びっくりした。そういえば桐椰くんは「おい」とか「お前」ばかりで私をどうとも呼んだことがなかったんだ。驚いて少しだけ高鳴る心臓を落ち着かせるように、制服の上から胸をおさえて、小走りで桐椰くんに追いつく。
「ねー、なんで急に名前で呼ぶ気になったの?」
「下僕に名前は要らなかったけど仲間に昇格したらしいから」
「そこで桜坂じゃないところが大事なのですよ、遼くん」
「もう付き合ってるふりは終わったんだから名前で呼ぶな!」
「でも遼くんは名前で呼んだじゃーん」
「桜坂は長いんだよ」
「えー、嘘くさ――痛いっ! 早速殴るなんて暴力反対だよ!」
憤慨する私を無視し、桐椰くんは思い出したように「そういえば」と言い出した。
「お前、俺達が出てくる前、誰かと話してなかったか?」
「え? あぁ、うん。鹿島くんがまだ残ってるのかって……」
「ふーん。まぁ、蝶乃とかじゃなくて良かったな。BCCの恨みある以上何されるかわかんねーぞ」
「そうだねぇ……。でも大丈夫、遼くんが守ってくれるから!」
「あぁ、目の届く範囲はな。うっかり目を逸らしたら悪いな」
「そんなことしないでよ!? 松隆くんに告げ口するからね!?」
そうだ。松隆くん達が出て来て、すっかり霧消していたけれど。
『BCCを用意したのは、幕張匠である君を、御三家の姫に仕立て上げるためだ』
鹿島くんは、どうして私が幕張匠だと知っていたのだろう――……。