第一幕、御三家の桜姫
さよなら、ぼくらのセレナーデ
 ──夢を、見るんだ。


「透冶」


 名前を呼ぶ。見慣れた校舎の前。見慣れた中庭。見慣れた相手。どれもこれも知っている景色と光景で、それでもどこか、フィルターがかかったように、セピア色に染まったそれに違和感を抱くこともなく、いつもの時を過ごしているのだと勘違いしている。


「透冶」


 手を伸ばす。手の先にいる相手はいつだって無表情で、真一文字に引き結んだ唇を開くことはない。確かにいつだって笑っているようなヤツではなかったけれど、いつだって何かを堪えるような仏頂面をしているわけではなかった。コイツにそんな表情(かお)をさせたのは誰なんだ。ふざけるな。


「とう──」


 空を切る。瞬きしたときには、相手はいなくなっていた。

 代わりに、いつの間にか傍に佇んでいた駿哉が小さく呟いた。


「透冶は、なぜ死んだんだ」


 死んだ? なぜ? 透冶が? そんなこと、知らない。透冶が、死んでしまった?

 そんなこと、知らない。

 ぽつんと、透冶の立っていた場所に、総の背中が見えた。


「……透冶は、死んだんだな」


 ゆっくりと手向けられた花束は、誰の、何のためにあるのだろう。

 そんなの、知らない。

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