御三家の桜姫


「花咲学園の元生徒会役員といえばOBOGにも顔が利くし、在学中も授業料が減免されるし」

「え、授業料安くなるの?」


 さらりと付け加えられた特権に何よりも驚いて頓狂な声を出した。蝶乃さんもまさかそこに食いつくとは思ってなかったのか、一瞬目をぱちくりさせる。


「ええ……生徒会役員は校内一五〇位以内なら授業料が四分の一免除されるの。順位が上がればもっと免除率も高くなるわ」


 花咲学園の偏差値はそんなに高くないから、そんなの、はっきり言ってちょろい。思いもよらぬいい話に、ごくんと喉を鳴らした。

 別に、お金に困っているわけではない。ただ、傍目に優等生と認識されたいし、なおかつできるだけ自分にお金をかけたくないという気持ちがあった。だから、その両方を満たすことができる、こんなにおいしい話は中々ないのだ。

 ただ、御三家は生徒会と敵対してるらしいから、生徒会役員になったら御三家の仲間という話は自然消滅することになる。でも、御三家の仲間になるメリットは生徒会役員になることでも得られる。それどころか、優等生という肩書に授業料減免の特典つき。どっちが得かなんて考えるまでもない。


「……でも、蝶乃さんに何の得があるの? 自分ばっかり得すると怪しい契約みたいに思えてくるんだけど」


 問題は、うまい話には大体、いや必ず裏があること。


「そうねー、一応アタシが指名した役員だから、アタシの命令には従ってもらうことになるの。それが私にとってのメリットかな」


 ……蝶乃さんの命令? 内容を想像する前になんだか嫌な感じがした。

 そしてその予感は的中する。「例えば……」と蝶乃さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「梅宮さんをこの学校から追い出せってアタシが言ったら、その命令には必ず従ってもらう。命令違反があるとアタシが判断した場合、指定役員を解任するの。解任後はもちろん一般生徒に戻るし、無名役員以上の役員にはなれない」

「……それって建前で、解任されたら生徒会から目の(かたき)にされて、指定役員になる前に一般生徒として退学に追い込まれるってことはないの?」

「まあ、そういうことのほうが多いかな」


 つまり、事実上、私は安寧・お金・肩書きを手に入れて、その対価に蝶乃さんに絶対服従しなきゃいけないってことだ。そんなの冗談じゃない。


「……それなら」

「それから、役員に指名されて断った人は今までいないの。だから桜坂さんがこの話を断ったら、また生徒会規則が追加されることになっちゃうかな」


 それは、私がこの話を断ったら、新しく規則を作ってまで私を甚振(いたぶ)るということでしょうか。その不穏な言葉に戸惑い、思わず「え、えへへ?」と下手くそで曖昧な愛想笑いを浮かべてしまった。


「そ、その……話自体はありがたいんですけど、なんかこう、考える期間とかないのかなーって」

「即答しなかったのも桜坂さんが初めてだから、どうしようか。会長がオーケーを出せば猶予は与えられるんだけど」


 執行(・・)猶予という単語が頭に過った。蝶乃さんの笑みがますます不気味に思える。

 でも、生徒会役員にならなければ御三家が守ってくれるんだっけ? いや、そのためには駿哉くんの許可が要る。ということは、今ここで蝶乃さんの誘いを断って、更に駿哉くんの許可が下りなかった場合――私の学校生活は終わる。

 どうしよう。ここでの選択は間違えられない。

 平和が約束される生徒会役員 (もれなく特典付)、ただし蝶乃さんに絶対服従の下僕。

 同じく平和が約束される御三家、ただし現状加入の可否は未定。

 どちらを取るべきか──……。
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