御三家の桜姫


 やっと第六校舎内に入れてもらえ、アジトの扉に手をかけると、扉を開けきる前に「遅い」と苛立った声に迎えられた。松隆くんの声じゃない、きっと月影くんだ。おそるおそる、様子をうかがうように扉を開けると、ソファに知らない男子が座っていた。

 間違いなく、この人が月影駿哉くんだ。サラッサラストレートの黒髪。苛立ちをおさえようとするように人差し指をこめかみに当てていて、凛々しい眉が不機嫌そうに吊り上がり、ボストン型の銀縁眼鏡の奥から切れ長の目でこちらを睨んでいる。

 いま苛立っているのは分かるけれど、そうでなくても普段からあまり感情の起伏がなさそうな、冷たい印象を受けた。ただ、御三家の中では唯一ジャケットを羽織(はお)っていて、イメージ通り、優等生という形容がぴったりに思えた。

 そんな月影くんとは裏腹に、同じくソファに腰かけている松隆くんは前回同様、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべている。


「久しぶり、桜坂」

「あ、どうもお久しぶりです。えーっと、月影くん、桜坂亜季っていいます、よろしく」

「君が俺の数学を三位にまで貶めた桜坂さんか」


 自己紹介を遮って、月影くんが妙なことを言い出した。ん?と私と桐椰くんは一緒になって首を傾げる。なんのことやら。そんな私の反応に、月影くんの目は更に不機嫌さを強めた。


七隈(ななくま)先生に聞いた。君、今回の数学のテストが九十六点だったんだろう」

「いや、まだ返ってきてないんで知らないですけど……」


 ていうか、七隈って数学教師の名前だ。教師がそんなに簡単に他の生徒のテストの点数教えていいの? まあ悪くないならいっか!

「最後の大問だけちょっと難しかったんだけどねー! 結構いいじゃん、よかった!」

「総、桜坂さんを御三家(おれたち)の協力者にしよう。暫く馬車馬のように使い、飽きたら捨てよう」

「え! ちょっと待って話が違うんですけど!」


 それは仲間じゃなくて(てい)のいい下僕では? 狼狽(ろうばい)する私の横で桐椰くんは「ああー」なんて納得した声を出す。


「お前、数学の点で負けたからそんな機嫌悪かったのか」

「それ以外に何がある」

「え、待って、理不尽! っていうか、満点の子とかいるんじゃないの? それは!?」

「数学の満点はコイツだ」


 月影くんが指さした先にいるのは松隆くんだ。にっこり微笑んでピースなんてしている。テスト全然できなかったとか言ってたくせに、嘘吐き!
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