第一幕、御三家の桜姫
……聞き間違えたかな? 松隆くんの笑顔はいつもどおりだし、桐椰くんも月影くんもツッコミを入れない。
「……あの、今、盗ってきてって……」
「そうそう。先月の役員会議の議事録ね」
もう五月も半ばなんだし、書記が怠けてなきゃ出来上がってる頃でしょ、と松隆くんは笑顔で付け加えた。違う、私が聞き返したかったのはそこじゃない。
「……盗ってくるの?」
「だってくれって言ってもくれないだろアイツら」
「そうじゃなくて! え、なんで? それ私がしなくてもよくない!?」
「それがお前じゃないと困るんだよ。言っただろ、男女の差があるって。最初は会議資料盗って来てたよ、俺達で。でも、俺達が生徒会室に出入りしてたら目立つだろ。すぐバレて隠されたんだよ」
「……じゃあまた探せばいいじゃん」
「探した。男が入れるところは全部」
……つまり、あとは女子じゃないと入れないところを探さないといけないから、私?
「残ってるのは生徒会役員専用女子トイレとシャワー室と休憩室だけ。だから女子探してたんだよ。特に今週末の会議が今期初めての会議だからな」
「……今の話は分かったけど、会議資料が必要なのはなんで?」
「絶対に不正があるからだ」
「え?」
松隆くんの代わりに答えたのは月影くんだ。
「君は転校生だから知らないか。正役員会議は毎月あるんだが、その正役員会議で何がされてるかは、俺達、正役員以外の生徒は何も知らない」
「別に聞けば教えてくれるんじゃ……」
「役員会議に参加できるのは正役員だけだ。さすがの俺達も正役員には手を出してない」
ちょっと待って、正役員にはって何。
「正役員以外は手っ取り早く弱味握ったり、脅したりはしてるんだけどね。あ、女子に暴力は振るってないよ、相手が女子のときは脅迫ってより誘惑に近いし」
私の疑問を払拭するかのように松隆くんが答えた。確かに気になったけど、そんな答えは知りたくなかった。弱味を握る? 脅してる? 誘惑もしている? 蝶乃さんの話は盛ってるどころか八掛けだった? そしてもしかして、私、選択を間違えたんじゃ……。
「というわけで、よろしくね桜坂」
その笑顔は、何も知らなければ、まるで恋人に向けられるかのように優しい微笑み。
「もしイヤなら、俺達も他の女子探すし。でもこの間話した条件に当てはまる女子はなかなかいないから、できれば桜坂にやってもらいたいんだ」
でも御三家の所業とそのセリフからすれば、有無を言わさぬ悪魔の笑みにしか見えない。あくまで私は“守られる”立場で、守るか守らないかの選択権は松隆くん達にある。そして、条件にさえ当てはまれば、私は代替可能。